2012年11月18日日曜日

映画『 To Rome with Love 』を観て

 冒頭からまさにウディ・アレンワールド!古めかしくも、景色に溶け込んだBGMがまるでその国にいるのような感覚にしてくれる。シーン一つ一つが絵になり、テーマとしてあげる一つの都市の良い所を引出しているのが本当に綺麗だった。
 イタリアのローマが舞台で、定番の観光地から、小洒落た細い路地などローマの中心地を隅々まで映していて、先日ローマを訪れたばかりの僕としてはストーリーとは別に景色だけでワクワクできた。
 ストーリーは、ローマにそれぞれ別々の理由で訪れた人たちの出来事を描いている。一つ一つのストーリーに全く関係性は無いんだけど、それぞれ全く異なったストーリーで各々楽しめる。展開もセリフも全てが新しい感覚だった。これまでに観たことのない、ラブコメだったと思う。
 前作の『 Midnight In Paris 』も大好きなのだが、ローマを訪れたことがあるからなのか、それよりももっとストーリーに入り込めた作品だった。これまで観たラブコメの中で一番好きな作品に急浮上!帰国したら、ウディ・アレンの作品を集めてみたいと思う。
 独りでもカップルでも家族でも楽しめる映画だと思うので、エヴァにも007にもトワイライトにも興味無いんだけど最近良い映画無いかな?って人にはぜひオススメ!


2012年11月11日日曜日

しょぞく

 『留学行ったのに日本人とばっかり絡んじゃって。。。』的なことは皆無で、英語を話す機会ができて嬉しい気持ちとは裏腹に、日本人とのコミュニケーションに時々飢えている気がする。多分これは自分の中で打ち解けて話せるような仲間がいないってのと、そこまでの英語能力が備わってないからだろう。
 こっちでバイト始めた時は、とりあえず何かルーティンな日常にアクションを起こそうと思ったんだけど、今思うと帰属意識に飢えてたんだと思う。それは日本コミュニティじゃなくても、多国籍なコミュニティでも何でも良くて、自分の存在価値だけでも認識させてくれるような場所が欲しかったんだなぁと。
 マルタに来たばっかりの頃は凄く恵まれてて、どこ行くにしても誰かが一緒で、いつも楽しかった。5ヶ月経った今、友達がいないわけじゃないんだけど、贅沢にも普通以上のものを求めちゃう。だからこそ、今働いてる職場っていうのは自分の存在価値が明確だから気持ち良い。
 バイトが急に休みになって、急に日本人だけで牡蠣鍋パーティになって久々腹抱えて笑えた日曜日の書留。

べんきょう

 やっぱり勉強しないね。来る前からそうなるんだろうなとは思っていたんだけども。プログレステストを受けた結果は全然悪くないし、むしろ自分でも驚くくらい良かった。先生たちも過剰なくらい褒めてくれる。でも、自分の中で『このくらい勉強しました!』とかそういう蓄積されてるものってのが全く感じられないからなのか、褒められてるのに疑問しか無くて終始" Thank you. " としか言えなかった。
 相変わらず机に向かう勉強ってのが嫌いな自分。ちょっと前まではヤバイとしか思ってなかったけど、今はもう開き直ると言うよりかは完全に受け入れてる。こういうところ見てても、将来する仕事なら資格バンバン採るような仕事は向いてないんだと思う。
 どちらかというと体酷使して体動かしながら覚えるほうが、ちょー気持ち良いしちょー楽しいから合ってるんだと思う。社畜とか言われようと、それに伴うものがあれば全然平気だと思う。そういう意味でも、企業選びよりも職種選びの方がすごく重要なんだろうな。
 でもよぉーく考えたら、どんな職種に就こうが『勉強』ってやつからは逃げられないんだろうと思う。アパレル店員になってもその時期の流行の勉強はしないといけないし、コンビニ店員一生やっても新商品のこと知らないといけない。
 残り3週間の留学生活。勉強しなかったことは全く隠す気もサラサラ無いから、『留学先でちゃんと勉強しろよ!^^』みたいなTHE・留学いってらっしゃいコメントも一切しなくなるだろうな。しなかったからねぇ。本当にしなかった。『帰ったら勉強するぜ!』なんて言えない。

2012年11月4日日曜日

こみゅにけぇぃしょん

 かなり気が早いのかもしれないけれど、最近ずっと復学してからのことを考えてる。復学は来年の4月。2012年地球滅亡説もまだ残ってるのに、呑気に2013年のこと考えてる。復学しても、お世話になった先輩方はいないし、同期の2009年入学の友達たちも大半が卒業していて、カフェテリアの窓際をオーバー22歳のオジサン学生同士で飾るのかもしれないと思うと、楽しみでもあるが、なんとも寂しい気持ちにもなる。
 そんな復学が待ち遠しいオジサンが最近ワクワクしているのは、復学と同時に『ソーシャルスペース』として開放できる空間をみんなに提供すること。復学後に友人たちとシェアをして大きな家に住むことはほぼ確定していて、その空間の使い方にこだわりたい。まぁ基本コンセプトとか考える前に同居人達をこの計画に引きこむことができなければ、結局はオナニープランの夢物語となって泡と化してしまうのだろう。
 こう考えるようになったきっかけっていうのは、幸運にも大学の諸先輩方から可愛がっていただいた、ぼくなりの大学や先輩方への感謝の気持ちの表現でもあるのだが、学年とか関係なくみんなでワイワイするのが好きって言うことにもある。これを通してただ盛り上がるだけでなく、自分にとっても来てくれる人にとっても色々と意味のある空間創りができれば良いなと思う。
 先輩と後輩の繋がりって本当に素敵で、この縦の繋がり無くして今の自分は無いと自信を持って言える。先輩から勉強させてもらったことを、自分の中に落としこんで、後輩にアウトプットしていくことを繰り返す中で、自分の考えは積もるように蓄積されていくんだと思う。これは別に年齢とか学年とか全く関係なくても言えることで、例えば音楽に精通している人が『もっとこのアーティストみんなに知ってもらいたい。』とかそういう気持ちに似てると思う。そうやって知ってもらうことで相手の中に興味関心の種を植え付けることさえ出来れば、それは価値のある活動だと思う。
 僕はそこに重きを置いて、この『ソーシャルスペース』を実現させたいと思う。つまりは、色んな垣根を超えたコミュニケーションの場になるような空間を提供していけたらなと思う。別にこれはAPU生に限定した空間じゃなくて、興味のある人がドンドン集まって来るような空間になればもっと価値のある場になると思う。それこそ、卒業した先輩たちだったり同期たちが気軽に帰って来れるような場所になれたら至高。
 正直今の段階で別府にはこういう空間そこそこあるよね。上手く差別化を図って、お互い協力しながら価値のある場を創造できれば良いな。みんながそれぞれ興味のある空間に集まっていければもっともっと素敵なコミュニケーションが広がっていって、そこからまた新しい何かが生まれて、もっともっと楽しい生活が送れるんだと思う。
 別にそのつながっていく何かっていうのは、新しいコミュニティでも良いし恋愛とかでも何でも良い。そのキッカケづくりとして何か機能できるような役割になる場所を僕は追い求めたい。
 今計画している中では、足りないシェアメンバーをウェブ使って学年・国籍関係なく募集かけたり、『金無くて飯食えません。涙目』って人に皿洗いとかの代わりに御飯作ってあげたりと色々空想段階ではあるけど、ニヤニヤしながら考えてる。これもまたメンバーで要相談ですな。

これから少しずつ同居人たちと相談しながら色々と決めて行こうと思いますので、ソーシャルスペース公開日まで楽しみに待ってていただけたら幸いです。ε=\_○ノ イヤッホーゥ!

Special Thanks うえお

2012年10月30日火曜日

美しい生活

 中学生くらいから服装をやたら気にするようになって、最初は姉の勧める服を着たりしていた。それと同時期くらいからファッション雑誌読むようになって、全然わからないのにモデルの着てる服装を見て『こういうの流行ってるんだ。値段・・・。高過ぎ・・・。』みたいなのの連続で、カッコイイ服を指を加えて眺めているだけだった。その時のモチベーションはただ単に『女子にモテたい!』とか『他の奴らよりイケてたい!』とかいうごく普通の理由で、それは正直あんまり変わってない。
 自分の将来とか考えると、職業どうこうと言うよりも、スマートなオッサンになりたいとしか思わない。自分の将来への理想像って人それぞれだと思うけど、個人的には人としてどうありたいかとかのほうがよっぽど重要。乞食でもちゃんと髭剃って綺麗な服着たいし、カップ麺とかばっか食べないで美味しいご飯を食べたいし、綺麗な家に住みたいとワガママながら思ってしまう。
 こういうことを重要視しながら職業を考えるとついつい『とりあえず金!!』ってなりがちだったんだけど、今はそうは思わない。それもFrancfrancで働いてみてわかったことで、それから一気に自分の中で考えが改まった。ブランドイメージとか企業イメージを大事にしていて、スタッフの人達はいつでも綺麗な身だしなみや言葉遣いを心がけなきゃいけないんだけど、それがもう体の芯から染み込んでいて本当に素晴らしいと思った。本当に素敵な職場だし会社。
 そういうの見ると服飾とか家具とか雑貨とか色んな小洒落たクリエイティブなものに溢れて仕事をするのが自分にとっても幸せだし、心地良いんだろうなって思う。でもまぁよく考えたら、そういう職業に就かなくとも自分の意識次第でそういう生活ってできるんだよなって書きながら気づいてしまった・・・。
 でもまぁ結婚してからもちゃんと歳相応の綺麗な格好していたいと心の底から思うわけです。休みの日はジャージとか、腹減ったらカップ麺、家も簡素とかそういうのはつまらない。そうやって常に自分を心地よくさせて、奮い立たせてくれるような美しい生活ができるような大人になりたいな。

2012年10月13日土曜日

映画『Extremely Loud & Incredibly Close』を観て

 2012年初旬公開のこの映画。邦題は『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という一発で興味を引くタイトル。ポスターに映る少年が顔を手で覆っているのも印象的。なんと言っても監督が『愛を読む人』『リトルダンサー』スティーブン・ダルドリー。元々この作品は2005年に発表されたベストセラーを映画化したものらしい。
 主な内容は2001年9月11日に起きた世界貿易センタービル同時多発テロに巻き込まれて死んだ最愛の父の面影を追う少年のストーリー。その少年がふとした時に見つけた1つの鍵を中心にストーリーは動いていく。少しずつ父の面影に近づいては行くものの、それとは真逆に最愛の母との心の距離はどんどん広がっていく。時々胸に刺さるようなセリフが飛び出したり、少年の異常なまでに激しい感情の表現など、痛ましいシーンも多々ある。しかし、その中にフフッと笑えるようなシーンも盛りこんである。あんまり書きすぎるとネタバレになっちゃうのでここらへんで。
 感想としては、久々に良い映画観たなという感じがした。凄く感情表現が奇抜なんだけど、愛くるしい少年の姿に何度も心を打たれた。お互いに感じる心の距離に悩む母と子の姿に苦しみながらも、実はどこかお互いを気遣っている様子などから感じられる、父を失った息子と夫を失った母の強い心の繋がりがとても印象的で良かった。もう一度観てみたい映画の内の一つです。


2012年10月9日火曜日

久々の一歩で見えた世界

なんか最近パパパッと思いついたことをパパパッと書いてみようと思う。

1.『堕落した生活に何か変化を!』と思って久々に自分からアクションを起こそうと思い、パッと思いついたのが『働く』ってこと。とりあえず身体動かしたいってのが一番の理由。VISA(学生ビザ)の関係上給与を受け取る事は違法なので、無給で働くことを条件に働かさせていただくことに。お客さんも同僚もみんな外国人だから常に英語。ウェイター英語だから簡単な英語かもしれないけど、英語を日常的に話すことで得られる反射神経とか外国人に対する抵抗感とかまぁ色々なんか鍛えられそうです。
 
2. 大学にいた時は『なんかしなきゃ!とりあえず経験!』ってのが常に頭の中にあって、学内の色んな団体とかサークルに参加して学年とか関係なく色んな人と会って話したりしてた。それを通して自分の中に少しずつ蓄積されている感が心地良かった。まぁ端から見たら典型的なAPU生って感じだったと思う。でもまぁ今考えてみるとあれはあれで楽しかったし人脈も広げられたし良かったなぁと思う反面、何も一貫性が無いということを実感。だから今はもう『とりあえず経験!』ってのはもう止めにして、自分の枠を決めて一歩ずつ歩き出すべき時期なのかなと思う最近です。別にそれに気づく時期に早い遅いは無いから、人それぞれで良いと思う。まぁ今はそれを少しずつ勉強している最中なのでスゲェ楽しいしワクワクする。久々に『生きてる!』って感じがして気持ちいい。

3. 「2」の『生きてる!』ってやつに関連したことを。今のバイト先のオーナーさんとかすっごく自由だし、ボクにはできないことやってる感が見てて面白いし話聞いてても面白い。バイト先では「ジャミング」って言って、ギターとかベース好きな人がその場のメンツで即興バンド組んでBGM代わりに演奏したりするんだけど、ただの演奏じゃなかった。もちろん演奏してる音楽は「ハード・ロック!ロックン・ロール!」ってわけじゃなくてゆったりしたアコースティック系でメッチャ癒される。(バイト先寿司屋)その演奏を聴いて最初に思ったのが、みんなすっごく生き生きしてるなって。みんなニコニコしながら好きなように演奏して、「おれ超楽しい!メッチャ気持ちいい!生きてる!」って感じがメッチャ伝わってきて、聴いてるだけで笑顔になれた。音楽やってる人やっぱカッコイイね。

4. 新しく一歩踏み出すと次の一歩が出やすくなるし、応援してくれる人に出会える。



『4』を久々実感できたのが一番嬉しい。


2012年10月2日火曜日

映画『Real Steel』を観て

 2011年公開のこの映画、主演はみんな大好きX-MENシリーズでもお馴染みのHugh Jackman(ヒュー・ジャックマン)。今回で観るのは2回目だったんだけど、普通に泣けた。久々に観た父と子の友情?家族愛?的な映画で最初は凄い抵抗あったんだけど、気づけば完全にのめり込んで観てた。この映画を観る度に、昔親父とキャッチボールしたりしてた頃を思い出す。あの頃は深く考えなかったけど、親子愛っていうのは本当に素晴らしいものだなぁと。家族を持つようになったら、自分が親から受けた精一杯の愛情を自分の子供に注ぎ込んであげたいなと思わせられた映画でした。
 どんな映画観る時でも、登場人物の国籍(見た目とか)はすっごく気になる。今回の『Real Steel』でいうと、最初に出てくるロボットは日本製で、日本語で操作する場面もあって、「Japan = Technology」 っていう印象が未だに強いんだろうなぁと。そのロボットの設計者かつ、最後の敵の設計者でもある「タク・マシド」っていう如何にも日本人臭がするネーミング。その他にも、途中で登場する双頭のロボットの操縦者は如何にも中国人。途中でマシーンがバグっちゃうんだけど、こういうところで「Made in China. はまだまだ安心できません!」って中国disってんのかなとか思ったり思わなかったり。色んな映画見ててもあからさまにdisってる映画あるので、そういうところでまた違った観方ができておもしろいのでぜひ!


2012年9月30日日曜日

映画『50/50』を観て

 ずっとサボっていた映画の書評という程でもないが、それっぽいことを久しぶりに再開したいと思う。感動的な映画も悲しい映画もこわぁーい映画もつまんない映画もワクワクする映画も、観てる人によって観方はほとんど違うので暇な時に映画を探す手助けになればと。

 今回観た映画は2011年公開の『50/50』。先日こっちの友人から一緒に観ようと言われたが、都合が合わなかったので1人で観た。大雑把に内容をまとめると、癌に侵された主人公のガン宣告から最後の手術に至るまでの間の主人公の身の回りの変化と、それに伴う心情の変化を、面白おかしく描きつつも、時には少しシビアな面も入れつつと言った感じ。単調なリズムで映画は進むのだが、刻一刻と『死』が近づいてくる主人公の気持ちが全面に溢れ出るシーンもあり、観ている人の感情を凄くそそる映画だと思った。久しぶりに病魔に侵された人を題材とした映画を観たので、心苦しい場面では胸が痛かった。ネタバレになっちゃうけど、最後の最後のシーンで主人公が見せる笑顔がとても印象的で、悲しい気持ちを一気に吹っ飛ばしてくれる。『この続きはご想像ください。』とも言わんばかりのラストシーンは、ありきたりの演出なんだけど、僕には幸せそうな主人公の姿が見えた。そういう面も含めて色々と楽しめた映画でした。


 
 

2012年9月21日金曜日

One More Time


 毎年増える蝋燭の数。歳を重ねる喜びとは裏腹に、蝋燭に灯った火を消す度に目には見えない何かも一緒に消え去っているような気がする。人生の節目となる20歳を迎えたのは2年前のこと。皆、幼い頃に抱いていた『20歳』というイメージと照らし合わせたと思う。気づけばボクも今年で22歳。将来に描いた理想の自分への軌跡を、しっかりと一歩一歩踏み出せているのかは正直自分でもわからない。しかし時間だけは刻々と過ぎて行くわけで、時の流れには誰も抗うことはできない。
 APUを離れて早くも1年。様々なことを経験する中で、得たモノもあれば失ったモノもある。0から1の人間関係を作り上げることは思った以上に難しく、自分の無力さを思い知らされた。休学して3ヶ月が経った頃だっただろうか、久々に会う友人や先輩に『なんか落ちついたね。』と言われたのは。自分では何の自覚も無かったのだが、休学する前のボクは刺々しくて見てもいられないような存在だったらしい。その時の気持ちとしては、恥ずかしい思いもあったが、喜ばしく思える小さな進歩だと思っていた。
 そんなこともすっかり忘れて、気づけば憧れの土地マルタ。夢にまで描いた留学生活、初めての海外での一人暮らし。目に映るモノ全てが新鮮で、何もかもが刺激的だった。一日のタスクをきちんとこなしていたのは最初の頃の話で、マルタでの生活に慣れてくると周りの友人達に流されて、色んな事を先延ばしにし、堕落している自分の姿が目につくようになり始めた。『まぁなんとかなる。』と、どこか高をくくっていた自分が本当に情けない。
 堕落した生活を送る自分の姿とは違い、TwitterやFacebookで見かける同期や後輩たちの何事に対しても貪欲な姿勢を見ていて、『おれも落ち着いたな。』と思っていた。でもこの『落ち着く』とは何なのだろうか?昔から『落ち着きのある人』への憧れは強く、それが自分の理想像でもあった。しかし、ボクは意味を履き違えていたようだ。ボクは決して落ち着いているわけではなく、休学する前のあの貪欲な姿勢を忘れてしまっていただけだった。簡単に言うと、何事に対しても興味が無くなってしまったのだ。これ程までに悲しいことは無い。

    1年間の休学生活の中で、一番失ってはいけない貪欲な姿勢を失っていた。

 あの熱苦しくも居心地が良い仲間たちとの思い出がはるか昔のことのよう。APUという環境がそうさせるのであろう、誰もが自由気ままに闊歩するキャンパスに早く帰りたい気持ちでいっぱいになった。しかしボクにはまだ2ヶ月半留学生活が残されているわけで、今ここでできる最大限のことをしながら、少しずつあの頃の貪欲な姿勢を取り戻していこうと思う。という書留。
 

2012年7月23日月曜日

I am an Alien.


 毎週末に訪れる別れの瞬間。友人との別れを惜しむこの瞬間も、徐々に慣れつつある。旅立つ友人のことを思うと、できるだけ長い時間を共に過ごしたいと思う反面、自分のやるべきこととの間の葛藤に苦しむ昨今、頭から離れない疑問がある。
          『何を求めて日本を離れたんだろうか?』
 正直な話、初めから留学の第1の目的は語学力の向上ではなく、1人日本を離れて知らない国で生活することだった。APUのような「国際的な環境」と言われる環境でも学べることはたくさんある。確かにそれは事実だが、日本を飛び出してみて初めて気づくこともたくさんある。
 言うまでもなく、ボクは今圧倒的にマイノリティな環境の中で生活している。クラスメイトはみんな欧米人。アジア人1人で欧米人10人近くで遊ぶことも稀ではない。育ってきた環境が全く違うし、宗教も違ければ、人生観も圧倒的に違う。ボクのこのブログで良く取り上げるのはこの「人生観」についてである。こっちに来たての頃にまとめた記事でも取り上げたように、欧米人の人生観というのはとてもシンプルで、一言で表すなら “It’s my life.” と言った感じである。比較的この楽観的な考え方は好きなのだが、たまに理解に苦しむこともある。今回はその経験を通して考えたことを自戒の意味も込めてまとめたいと思う。
 ボクの周りの友人の多くは、インターンシップをしたり、バイトとしてホテルで働いている人が多い。職種は主にホテルや語学学校のスタッフなどである。そういう人達は、マルタに来る前に自らその枠に応募して、許可を得たうえでマルタに来ている。しかし中には、契約期間があるにも関わらず、仕事量と給料が割に合わないという理由で、契約を途中で大幅に短縮して早々と国に帰って行く人も珍しくない。この状況、まず日本ではありえない。
 契約が決まっているのなら、きちんとその期間を全うするのが責務だし、それが働くものとしても責任だと思う。だからボクは、この考えには納得が行かなかったし、ただの甘えだと思っていた。後から聞いてみると、欧米ではそういうのはザラにあって、雇用主よりも労働者の方が権力を持っているらしく、無理に引き止めたりすると訴訟問題になり兼ねないらしい。もちろん雇用主が大損して終わることが大半。
 でも今振り返って見ると悔しいが、この感情こそがボクの中に根付いた日本人としての意識なんだと思う。
               『我慢すること』
 これはボクたち日本人が幼い時から教育されてきたこと。「今は大変かもしれないかもしれないけれど、我慢していればいつかきっと良いことがある。」ずっとそう教わってきた。それが今の日本社会に根付いているのは言うまでも無い。今日本で話題になっているイジメ問題もそう。確かに我慢強い人間は心の広い人間になることができるかもしれない。でも「我慢すること」が美徳として捉えられ過ぎている。日本が抱える自殺とか過労死の問題も結局はここに繋がってるんじゃないかな。
 そういう問題を抱える日本を見ながら、この環境で生活していると、欧米人のような楽観的な思想への憧れを抱いている自分がいる。しかし、急にそうはなれない気がする。結局は自分に合った生き方っていうのを自分の中で決めることができれば良いんだけど、今の日本社会が簡単にそうさせてはくれない。みんなが好きなことしながら生きていける世の中なんて夢の様な話だけど、そういう社会がいずれ訪れてくれるんじゃないかと、これからの時代を生きる1人の日本人として淡い期待を寄せている。
 話が逸れてしまったが、ボクが『日本を離れた理由』っていうのはこういうところにあるんじゃないかな。TOEICやTOEFLの点数だけを劇的に伸ばしたいなら、海外に来る必要は全く無いし、英会話が上達したいのなら駅前留学に行けば良い。そんなのじゃなくて、留学の醍醐味っていうのは、今までの常識が覆される中で、いかに自分で考え、その環境に適応していくかにあるとボクは思う。この興奮は一度覚えると病みつきになる。
 自分の考えがドンドン変わっていくこの感覚を、一度味わってみてはいかがだろうか。

    2012年6月30日土曜日

    Too Much.


     絵に描いたような碧々とした海と空に囲まれた小さな島国の住民となってから、早くも1ヶ月が経とうとしている。”Time flies.”とは言ったもので、もう1ヶ月も経ったのかと時の流れの早さを思い知らされている。マルタでの新生活にも少しずつ慣れ始め、美味い飯を求めて食べ歩きにも挑戦している昨今ですが、相変わらずバスの遅延が酷すぎることだけが納得がいかない。30〜40分待ちは当たり前。ホームステイ先に帰るための終バスが11時というまるで別府のような状況です。来週からは節約が強いられる生活のスタートとなりそうです。毎朝7:00起床で8:15には家を出て、30分の徒歩で学校へ。というような日本にいた時よりも数百倍健康的な生活を送っております。ホームステイ先で出る、美味しいけど量が “Too much.” な夕食たちを水で押し込む毎日が少々ストレスフルですが、それ以外は上手くやっています。友達もスグにでき、今は仲良しのイケメンのイタリア人Matteoとスイス人Vuliとランチを食べたり学校帰りに一緒にビーチへ行ったりパブにサッカー観に行ったりとまぁ楽しくやっています。
     それにしても本当にやることが無い。「勉強しろよ!」と出国間際に死ぬほど色んな人から聞かされたので勉強はしているつもりですが、本当にやることが無い。8:45に授業が始まって、全部の授業が終わるのが12:15。その後は基本的にフリー。他の国に私費留学行ってる人たちも同じ状況なのかな?まさかこんなにも暇だとは思わなかったので、TOEICの勉強や読書とかネットをするなどして時間を過ごしています。そんな ” Too much.” な時間の中で考えたことを書いてみたいと思う。
     学校の授業には、まぁ満足してはいるんですけど、正直、私費で語学留学を長期でしてまで海外で英語を勉強する必要あるのかな?って最近凄く思う。(こんなこと言ったら親に殺されるかもしれないけど。)別に日本国内でもAPUとかAIUとかICUとかの俗に言う「国際大学」って言われているような大学に行けば筆記能力だけでなく、会話能力も自分次第で最強に伸びると思う。別に国際大学じゃなくても国際学生がいる大学はたくさんあるわけだから、100%無理なわけじゃない。大学に限らず、中高で習った英語だけぶら下げて外国人がたくさん集まるようなパブとか呑み屋さん行けば自然と知り合える。駅前留学とかやろうと思えば国内で語学留学できる時代だからどんどん利用すればいいと思う。断然安上がりだし。会話能力だけならそれだけで事足りると思う。(簡単な日常会話で使う単語とか文法なら限られてるし。)英語もたくさん勉強すれば相手が言ってることもより深く理解できるし意見も伝えられる、スコア次第では大きな自信になる。海外に行かなくても日本国内だけでできることは腐る程ある。
     でも、日本にいたらやりたいことが多過ぎてできない。まぁこんなの言い訳にしか過ぎないのかもしれないけど。友達と呑みに行きたい、旅行にも行きたい、彼女とも遊びたい、宿題もしなきゃ、バイトもある、毎週ジャンプ読みたい・・・。挙げたらキリがない。日本という国は幸か不幸かやりたいことややれることが身の回りに溢れている。今、「何がやりたいのかわからない。」っていう人たち(僕も含まれる)は「選択肢が多すぎて決められない。」と言った方が正しいんじゃないかと思う。凄く贅沢な悩みだけど、それ以上に苦しい。いっそのこと何の仕事をするか決まっている方が楽じゃないか・・・。とさえ思ってしまうこともあるけど、それじゃつまらない。そんな中で賢い人達はちゃんと取捨選択ができて、限られた時間の中で上手くやっているんだろうと思うと頭が上がらない。本当に凄ぇ。
     【限られた時間で将来どうなりたいのかとかもちゃんと考えて地道に目の前のモノをこなして就職する。これを自分が満足いく形でできる人なんて日本でも本当に一部の人だけだ。】って最近までずっと思ってた。でもいざ海外で生活する中で色んな人と話す中で、「別に『◯歳までに定職に就かなきゃいけません!』なんて法律で決められてるわけじゃないしできるんなら好きなことトコトンやっていいじゃん!」っていう結論に至りました。
     今までのおれの行動とか見てて言い訳だと思われても仕方がない。でも今しかできないんだよ。数年後には今の生活に 仕事とか家族とか色々と圧がかかり始める。だから今やりたいことだけやりまくろう!っていう考えじゃ無くて、今経験したことが後々圧がかかりはじめた時に選択肢の幅を拡げてくれると思ってる。それだけでも十分意味はあると思う。別にストレートで就職した人たちの視野が狭いとか言いたいわけじゃないから悪しからず。
     今のボクにできることは勉強。さぁ頑張ろう。

    2012年6月7日木曜日

    GIFT


     宿題やミーティングに追われる生活から離れ、自分のやりたいことだけをできる環境に身を置こうと決めてから早くも10ヶ月近く経とうとしている。僕は今、日本から遠く離れた地中海に浮かぶ小さな島で生活している。このマルタ共和国という国は、古く昔から色んな国からの侵略を受けた国であり、様々な文化の痕跡が多数残っている。
     この国の人たちは、ゆるりと流れる時の中で、休みたい時は休み、泳ぎたい時には海に行き、騒ぎたい時は地元のパブに行って他国からの来客と呑み明かす、といったような自由気ままな生活を送っている。日本人のようにいつも何かに追われながら生活をしているのとはまるでわけが違う。そのおかげで今のような何不自由の無い生活をできているのは確かだが、このような世界を経験してしまうと、自分の将来にも疑問を感じ始めてしまう。
     学校の授業で「ステレオタイプ(固定概念)」についてのディスカッションをした時に、外国人のクラスメイト全員から「日本人はたくさん働く。」「でも働き過ぎだ。」「誰のための人生だよ。」「自分の人生だろ。」と言われた。前から気付いてはいたが、直に言われると感じ方もまた違う。同じ学校の生徒が30代や40代の歳上の方ばかりなので、話していてとても面白い。
     昨日の夜、クラスメイト達と呑みに行った時にハンガリー人の友達から面白い話を聞けたので、それを紹介したいと思う。30代半ばの彼は、仕事を辞めて色んな国を転々としている。「仕事どうすんの?」という問いにも「探せば見つかるよ。英語を話せた方が良い給料もらえるしな。」と話す。でも元々務めていた会社を辞めて今の生活を始めたのには理由があった。簡単に言うと、仕事に追われる生活に嫌気がさしていた時に出会った言葉があるらしい。その言葉に影響を受けて、そのように生きること決めたと言う。
                               ” Today is a gift from yesterday, and gift to tomorrow.” 
     直訳すると「今日とは、昨日からの贈り物であり、明日への贈り物でもある。」である。解釈の仕方は人ぞれぞれだろうけど、彼曰く「昨日からもらった今日をおもいっきり楽しめば、明日にも良いものをあげることができるよ。それが繋がっていくんだ!ヒャッフー!」ということらしい。すごぉぉぉぉぉぉぉぉくシンプル!彼はハンガリーに帰ったら仕事を探すらしいが、全く心配しているような素振りは無かった。こんな素敵な話を聞いたら別に日本で就活する必要も無いじゃん!って思っちゃうよね。別に日本で絶対働かなきゃいけないなんてのは決まってないし。おもしろそうやん!この文章を読んで顔が引きつってる親の顔が浮かぶのでここら辺にしとこう。
     話は戻ってマルタについて。4日間住んだ感想としては、この国に来て、大切な人と一緒に行きたいと思わない人はいない。 それが恋人や家族や友達であっても。「飯メッチャ美味い」「治安良い」「街並み一つ一つが絵になる」「人も優しい」「マルタ人は他のヨーロッパ人とのハーフばっかりだから可愛いしカッコ良い」「時間の流れがゆっくり」これ以外に何かいるかな?イタリアとかフランスの街並みには及ばないけど、白を基調とした石でできた軒並みは本当に綺麗。「空の色と海の色が同じなんてありえるのかよ!」って思ったけどガチでした。 協会とかは教科書から飛び出して来たようなものばかり。ヨーロッパのリゾート地だから外国人の対応にも凄く慣れてる。まだまだ挙げたり無いけど、みんながいつか来てくれるのを安くて美味いワイン抱えて待ってます!チャオ!

    2012年5月21日月曜日

    242 days...


                                 気がつけばもう5月も終わりにさしかかろうとしている
        9月から始まったフリーター生活も、めまぐるしいスピードで過ぎていった
           この242日間のフリーター生活の間にたくさんのことがあった
             「新しい環境」「新しい出会い」「新しい生活」
                 目の前に広がる全てが新鮮だった
     波一つ無い井戸の中を優雅に泳ぎ続けた蛙は、社会と言う名の大海で迷子になった
                    右も左もわからない
                  ひたすら藻掻くしかなかった
                     『進むしか無い。』
                    何度も言い聞かせた
                 『休学しなくても良かったのかな。』
                   時には後悔したこともあった
               目の前にあるのは、将来への希望と焦りのみ
         現実と向き合い、自ら人生を切り開こうとする友人たちの姿が眩しかった
                 しかしそれは大きな励みでもあった
          SNSを通して見えてくる友人たちの姿を想像しながら毎朝職場へ向かう 
                一日を振り返り、反省をしながら床に就く
              そんな日々ともお別れかと思うと、急に寂しくなる
         春の心地良い暖かさに別れを告げると、厳しい暑さと共に夏がやってくる
                   季節は流れ、時間は過ぎていく
                   まだまだ止まってはいられない
                 まだ見ぬゴールに向かって走り続ける

    2012年3月2日金曜日

    Sensor Of Exciting.


     最近、念願のMac Book Proを手に入れてずっと弄くりまわしております。みなさんのアドバイスのおかげで良い買い物ができました。Macを買うまでの経緯はこちら。Apple様からいただいた1万円分のiTunes Cardの使い道が上手く決まらずに大金を持て余しておりますので、オススメAppとかあったら教えてくださいエロイ人。
     さぁさぁ偉そうに休学してるメガネがまたまた偉そうなこと書きますよぉ。今回は前からずっと感じていたことについて。
     10月から正式に大学を休学して地元で働いているというのは何度も言っているのですが,なんで休学しているのかや、なんで留学するのかには触れてなかったですね。まぁそのことについてです。
     3回生の後半というとみなさんご存知のように就職活動が一斉に開始する非常に重要な時期です。本来なら就職活動をしているはずのボクですが、休学中ということもあってしていません。しかし、休学中だからといって気は抜けないので、日頃から自分なりに考えてはいます。そんな中、よくこういう質問をされます。
    「そんな重要な時期に休学して就活大丈夫なの?」
    「2年も休学したら後々就活に響くんじゃないの?」
    「留学してたら就活に良いもんね。」
     などと色々な質問や意見をいただくことができます。本当にありがたいです。毎日働くための良い刺激になっています。しかし、ボクがいつもひっかかっているのは「就活」の文字です。時期も時期ということもあってか、就活に絡めたことをよく言われます。はっきり言って、もうウンザリです。就活は将来どのようなライフスタイルを過ごしていくのかを決めるのにあたって、すごく重要なことだと思います。それはすごくわかります。しかし、就活が全てでは無いと思います。
     今3つの職場を掛け持ちして、年齢の違うたくさんの人と接する中で感じること。それは、人それぞれ違ったライフスタイルを持っているということ。何を幸せに感じるかなんて人それぞれです。あなたは何を「幸せ」と感じますか?
    若いうちに結婚できたら幸せですか?
    たくさんお金があったら幸せですか?
     「幸せ」の価値観なんて人それぞれです。結婚する義務もなければ、同じ仕事を続ける義務もありません。言ってしまえば就活する義務もありません。その人が幸せだと感じるのであれば、他の誰がなんと言おうと幸せなのです。
     この「就活と休学」の間で揺れ動く感情というのは休学生なら必ず経験することだと思います。少し前にtwitterにも書きましたが、「休学と就活」を結びつけること自体がすごぉーくナンセンスです。誰も就活に有利になりたいから休学したり留学したりするわけではありません。もしそういう考え方の人がいるんだったら、ボクはすごく残念だと思います。
     「なぜ休学するのか。」「なぜ留学するのか。」そんなの簡単です。単純に「おもしろそうだから」です。他に何か必要ですか?「留学して◯◯やりたい!」とかはあるとして、最初の動機として「おもしろそう」以外に何か必要でしょうか?動機としては十分すぎるとボクは思います。
     「おもしろそう」と興味は持つものの、中々踏み切れない人もたくさんいると思います。「失敗したらどうしよう・・・。」などと、ネガティブなイメージを持ってしまうでしょう。考えていてもネガティブなことしか出てこないですよね?
     せっかく20年以上生きてきたんだから自分の『おもしろセンサー』を信じましょうよ!!!
     あなたが今没頭していることがありますよね?何でも良いです。なんでそれが好きなんですか?なんでそれにハマってるんですか? That’s why 「おもしろい!」でしょ。
     自分のおもしろいと反応するセンサーなんて自分しか感じれません。それを信じずに何を信じますか?他人の目ですか?周囲の期待ですか?そんなの中学校の思い出と一緒にタンスの奥のほうにブチ込みましょう。つまらない世界にはさようならです。
     「休学してる贅沢者には気持ちわかんねぇよ。」って言いたいのも十分承知なんで、生意気なこと言って申し訳ありませんねぇ。
     最後に前回紹介した日清の本社訪問の際に、現日清食品ホールディングスCEOの安藤宏基様から頂いた興味深い言葉を紹介したいと思います。
    「おもしろいと思ったことのアンテナを伸ばせば伸ばすほど情報と人は集まってくる。」
     今回の話に合わせて言い換えると、自分のおもしろセンサーを信じていれば自然と情報も人も集まってくるって意味です。その巡ってくるチャンスや人との出会いを奇跡だと思うのか、はたまた自分でたぐり寄せたと思うのかはあなた次第です!
    伸びろ!伸びろ!おもしろセンサー!信じろ!信じろ!おもしろセンサー!\(>o<)/

    2012年2月21日火曜日

    Freeter buy Mac.


     昨日ついに念願のMac Book Proを購入しました。今現在休学中で、働いて留学資金を貯めないといけない身なのですが、運良く企業から無償の奨学金をいただいたので、全て留学資金にまわすのは味気ない気がして記念として購入しました。昨晩からずっといじり倒しています。最近まで「窓」を使っていた人間なので、慣れない部分はありますが徐々に慣れていけたらいいと思います。
     Twitter上でMacユーザーの先輩方(主に @ponta0192 さん・@yur_uri さん・@a_macaron さん)から色んなアドバイスをいただくことができて今回の購入に至ったわけですが、個人的にはラプトップ1台買うだけなのに非常に苦労しました。しかし、それほどまでして迷いながら買う必要はあったと思います。生まれてこの方「窓」と共に過ごしてきたボクは、Macのことなど何もわからなかったので2回ほどApple Storeにも足を運びました。AirProでずっと迷ってたのですが、結局Proに。2つの大きな違いは“持ち運ぶ” or “NOT” のどちらからしいです。あとはディスクドライブが付いてるかどうかや、容量の問題だそうです。6月から留学に行く予定なので、持ち運ぶことが多いかと思いましたが、重さは頑張れば耐えれるくらいだし長期的なスパンで容量などを考慮した結果Proという選択になりました。様々な先輩からのアドバイスのもと納得のいく購入ができたので、非常に感謝しています。ありがとうございました!
     今回の買い物をするにあたって、たくさんの情報をweb上で散策したのですが、やっぱり色んな情報があります。「Airの方が良いぞ!」とか「Pro買うのもうちょい待て!」とか。何に関しても人ぞれぞれの意見があるんですけど、そういうの色々見ながら自分の中で ” これ!!” と言ったものを持っていれば迷わなくて済むんですよね。良い勉強になりました。
     最近ステマが話題になってて、「最低限のメディアリテラシーは持ってて欲しい。」って声を聞きますが、まさにその通りだと思います。何も知らないで情報を鵜呑みにする事ほど怖いことはないので、「新聞とか本とかちゃんと読めよ自分!!!」っていつも言い聞かせてます。昨日キーボード日本語仕様にするか、英字仕様にするか聞かれて、何も見ずにアッサリ日本仕様にしてしまったのが良い例ですね。結局先輩のアドバイスもあって自分の目で見てギリギリ英字仕様にすることにしたのですが・・・。「大半の方がこちらを選ばれますよ。」って言葉ボクも接客中によく使いますが、それ程自分の意志のない選択はないと思います。まぁ、たかだかそのくらいでそこまで求めるのかどうかっていうのもありますけど、とりあえず何事においても知ってて損することはないと思うんでこれからも色々見ていきたいと思います。このMac Book Proと一緒に・・・。ドヤッ!!w
     Macユーザーの方からしたら全然ドヤれてないのは十分承知です。でもボクは最高に嬉しいです!
    これが英字仕様のキーボード
    これが日本語仕様のキーボード


    2012年2月18日土曜日

    ENCOUNTER


     今月の初めに、昨年より予定していた「安藤百福名誉博士奨学金」のお礼参りのために東京へ1泊2日の弾丸旅行をしてきた。まだまだ寒さの残る別府の朝の空気を肌に感じながら、親友との久々の再会を果たした。初めて見る方々もいて、最初は緊張したものの飛行機に乗るころには打ち解けることができていた。さすが各学年の優秀者たるもの、コミュニケーション能力の高さは目を見張るものがあった。(メンツが凄過ぎて未だに自分がなぜその場にいるのか理解できてなかった。)
     大分空港発の飛行機に乗り、東京へ向かう。機内では4回生の受賞者の鬼塚さんと隣だったので、受賞に至る経緯など色んなことを話したが、年齢差などを感じさせないフレンドリーな方で、話が弾んだ。とても謙虚な方で、内側に秘めた熱い思いを引き出そうと自分なりに奮闘したが、力及ばず・・・。そんなこんなしているうちに東京へ到着。1時間半で東京まで行けるなんて・・・。「技術の進歩は凄いですな!」なんて言いながら一行は目的地の昨年の暮れにオープンしたばかりの「CUPNOODLES MUSEUM」を目指す。
     予てから訪れてみたかった場所だったので内心ドキドキだった。移動中の車内はウズベキスタン出身のアクマルと色々と談笑していた。驚くべきことに約半年英会話から離れていたにも関わらずアクマルとの英会話にちょびっとだけついていけたのだ!これは本当に嬉しかった!地下鉄の乗り換えなどをしながら、ついに到着!
     このミュージアムは、UNIQLOの広告などのデザインで有名な佐藤可士和氏による総合プロデュースということもあり、どんなアイディアが散りばめられているのか期待に胸を膨らませていた。予想通り内装はとてもシンプルで、「白を基調に赤文字」というUNIQLOとかのデザインでもお馴染みのスタイルだった。入口から入ってスグ見えるのが大きく広がるエントランス。天上の高さもあり、余計に広さを感じさせる。この大きく長い階段を上って、ミュージアムのエントランスゲートを目指す。中には歴代のインスタントラーメンの展示や、故安藤百福氏がチキンラーメンを発明するまでの過程を描いたムービーや、佐藤可士和氏のクリエイティブシンキングが隅々まで行き渡った、大人から子供まで楽しめるアトラクションなどがあった。(写真はミュージアム内の一部)

    一番印象的だったのがこの展示である。

    1.まだ無いものを見つける
    2.なんでもヒントにする
    3.アイデアを育てる
    4.タテ・ヨコ・ナナメから見る
    5.常識にとらわれない
    6.あきらめない
     故 安藤百福氏は、これら6つの要素を軸にチキンラーメンや世界初のインスタントラーメンの発明に取り組みました。これら1つ1つに関する展示も行っているので、そちらも要チェックです。
     展示を見たあとは、世界に一つだけのMy Cupnoodleを作ったり、My チキンラーメンを作ったりしました。家族やカップルなどで来ても必ず楽しめるので、みなさんもぜひぜひ!!(手作りチキンラーメンの体験は希望日の3か月前から申し込みが必要です。)


     展示の他にも、世界各国の麺料理を堪能できるお食事スポットなどもあり、朝から晩まで楽しめるようになっていた。麺料理だけで言うなら確実にAPUの学食よりも充実している。w
     ミュージアムのスタッフの方々にも本当に良くしていただいて、最高の時間が過ごせた。本当にありがとうございました。一つ心残りなのは、お土産屋さんに立ち寄れなかったこと。また今度ゆっくり行こうと思う。
     その日の予定は終了し、足早にホテルを目指す。東京のラッシュ時と重なりそうになったが、メンバーのとっさの判断によりギリギリ回避できたようだった。ホテルに着くと、食事をした後は解散し、各自の部屋で休息をとり、次の日の日清食品ホールディングス代表取締役・CEOとの食事会に備えた。
     朝から徒歩で日清食品本社に向かう。天候はあいにくの雨。傘をさしながらスーツケースをひいての移動だったために、移動だけで疲れてしまった。そうこうしているうちに、本社に到着。私たちよりも一足先に立命館の団体が訪れていた。立命館からは代表2名の国際学生が来ていた。本社のエントランスでゆっくりした後、会食の部屋へと案内された。「もう二度とこの場所に来ることは無いね。」と言うと、「いやいや、ボクはまた来ますよ。」と自信満々に語るケンモの顔が印象的だった。あれは完全にドヤ顔だった。まぁあいつならあり得るやろうけど・・・。
     代表取締役が部屋に入って来るやいなや、空気が張り詰める。良い緊張感だ。CEOはとてもフレンドリーな方で、冗談を交えつつ私たちの緊張をほぐしてくださった。一人ひとりのお礼の言葉も終わり(ボクは超緊張していて噛みまっくてたが・・・。)、食事にうつった。食事中の会話を聞いているだけで、日清食品がいかにグローバルに事業を進めているのかが伝わってきた。どのようなグローバル人材を求めているのかも本来なら就活をしているはずの自分に言い聞かせながら感じることが出来た。しかし、一番印象に残っているのはCEOの安藤宏基氏の「麺」についての話だ。インスタントラーメンの会社の社長だけあって、「麺」にはかなり熱い思いをもっている。「国ごとに麺の固さが違う。」や「麺の塩気が一番重要」だったりと、ひとえに「麺」と言っても話す内容は多岐にわたる。世界中の麺の話は本当におもしろかった。直接話す機会は無かったが、歓迎してくださっているというのはヒシヒシと伝わってきた。本当に素敵なお方だった。
     その日のスケジュールもこなし、足早に本社を去り帰路についた。別府についたのは19:30くらいだっただろうか。東京とはうってかわって天気は良く、別府の北浜の景色と肌を刺すような寒さを今も覚えている。途中下車したメンバーもいて、全員で解散ということはできなかったが、無事に1泊2日の旅は終わった。準備段階からお世話をしてくれた駒牧さんには感謝しきれない。ありがとうございました。
     今回のこの旅で出会った、奨学金の受賞者の方々のキャリアや就職先も凄かったのだが、全員に共通して言えることは、その人柄である。誰一人受賞したことを自慢するわけでもなく、むしろ謙っている方ばかりだった。受賞に至るまでの経緯で様々な困難に直面し、その壁を乗り越えてきた方々はやはり凄かった。審査基準に必ずその人の人柄が反映されていることは間違いないと思う。この出会いを大事にしたい。
     今回に限らず、安藤百福名誉博士奨学金を受賞している歴代の先輩方のキャリアが凄過ぎて、自分が受賞したことが恥ずかしいくらいだ。そんな先輩方に恥じることの無いようこれからも日々精進していきたいと思います。
    2011年春セメスター 安藤百福名誉博士奨励賞受賞 APM 3回生 深川謙蔵
    P.S 別府を代表する新世代ソーシャルスペースのウエオアートマンスルームのコウジとウェンありがとうなぁ~!!!!

    2012年1月25日水曜日

    美味いもの食おう!良い映画を観よう!いっぱい話そう!


     中学時代、我が家では稀にみる美女という噂の姉から色んな洋楽ファッションについてたくさんの教えを乞うた。思春期真っ只中のボクにとって、高校生の姉と言うのは神々しい存在だった。そんな姉の影響から、初めて自分でファッション誌なるものを買ったり、洋楽のCDを買ったりした。初めて美容院に行く時の、床屋とは違うあのちょっと背伸びをしたようなムズムズとした感覚が今でも懐かしい。その他にも、初めて友人と福岡まで足を伸ばし、ショッピングなるものをしたりと田舎育ちのボクには初めての連続だった。
     高校生になると、とおいという一人の変態にインスパイアされてから映画を手当たり次第観るようになった。とおいのオススメだったり、少しでも面白そうなレビュー見つけたりしたら、親からもらった昼食代500円を極限まで節約しながら100円握りしめて学校帰りにTSUTAYAに通ってた。観れる映画って限られてるから、無数にある映画の中から今日の一本を見つけだすのは” ド ”が着く素人のボクには至難の業でもあり、最高に贅沢な時間だったと今では思う。「名作」と言われるものは、何が良いとか本当に伝えたいことは何なのかとか考えずに、見栄っ張りなボクはそういう作品を手当たり次第に観続けていた。でも中には自分のお気入りと呼べるものを見つけたりと、素晴らしい作品には心の底から「素晴らしい!」と言えるようになっていった。
     大学に入ると、サークルの先輩などから誘われて「食べ歩き」なるものを経験させてもらった。大学が別府にあるので、観光地ということもあって、チェーン店よりも圧倒的に個人経営の飲食店の方が多い。個人経営の良い点は地元の食材や、旬の新鮮な食材を食べれるところにあると思う。それからは友人と美味しいお店を探したりと、「食べ歩き」にハマってしまった。旅行に行った時などは、ちょっと奮発してでも美味しい物を食べて、その地その地の味を堪能し、その地でしか感じることのできない幸福感を満喫することに味を占めてしまった。
     皆、小さいころから色んな感性に触れることで自分の中で感情だったり、人格だったりという色んなものが形成されていくんだと思う。その個人個人の感性というものは今までに経験してきたモノにのみ形成され、その人の人生を豊かにしてくれる。「人生は一度きり」とは良く言ったもので、一度しかない人生をどれだけ謳歌できるのか、それはその人の感性の幅で決まってくる。一つの感性に触れることで、全く異なったジャンルのモノに興味を湧かせてくれるかもしれない。その繰り返しで、人生はジワリジワリと広がっていく。
     ボクが様々な感性に触れることを求める最大の理由、感性に触れることによって、学校では教えてくれない新たな教養を与えてくれるところにもあるのだが、一番の理由は、「同じ価値観を持った人に出会えた時の感動」にある。ボクは、一本の素晴らしい映画に出会えた時の感動よりも、その映画を共に賞賛できる友に出会えた時の感動の方が勝ると思う。
     美味しいものを共に美味しいと言える仲間、共に腹を抱えて笑うことができる仲間がいること、これほど幸せなことは無いと思う。
     こんなカッコつけたことを21歳の若僧がいっちょまえなことを考えてた時に出会ったタイムリーな映画がある。
     16歳の主人公のジェニーは歳の離れたデイビッドと出会うことで、今までには観たことのない世界を目にするようになる。デイビッドと過ごすことで新たな発見を得られる日々。そんな大人なデイビッドに少しでも追いつけるようにタバコを吸ったり、ブランド物に身を飾ったりなどと背伸びをしようとする姿が本当にかわいらしい。彼と出会ってから彼女の人生の幅はドンドン広がっていく、その一方で本来の目的であったオッスクフォード大学への入学は遠ざかっていく。そんな間で揺れ動くジェニーの感情は必見です。後輩が「最高の恋愛映画です。」と賞賛するのがわかった。アクション映画では無いが、久しぶりに映画館で観たいと思った映画でした。オヌヌメです。
     いつものようにズラズラつまらんこと書いてるんですけど、結局何が言いたいかと言うと「ボクと遊んでください。」ということです。




    2012年1月18日水曜日

    APU村


     タイトルにもあるように今回は自称胡散臭い男のボクが、ちょっと怖いですけど大好きな立命館アジア太平洋大学(APU)について書いてみたいと思います。知人とかには毎回楽しそうにAPUの話をするけど、正直どんな大学かもよくわからんでしょう。「国際学生がいっぱい」が一番のイメージでしょう。パンフレットだけじゃぁあんな山の上にあるとは思わないでしょうし・・・。今回はAPUを大好きなボクが、休学してAPUを離れてから気づいたことを踏まえてAPUを一つの「村」として皮肉ってみたいと思います。何度も言いますがボクはAPUが大好きです。どうぞ優しい目で読んであげてください。ボクはみなさんの味方です。


     APU村は大分県別府市の山頂に位置する村です。村を紹介しているパンフレットにはそんな面影すらありません。村人の人種も様々で文化の異なる人々が共存しています。村の中だけでも様々な言語が存在しますが、共通の言語は日本語と英語です。村人の数は約6000人にも及び、村人の多くは他の村とは比較にならないほどの破格の高い税金を払いながら生活しています。そのため、役所からは様々なサービスが提供されています。図書館やインターネットや簡単な医療(保健室)やジムもあります。さらには他の村から来た優秀な人のありがたぁ~いお話を聞くことが可能です。全て無料。中には有料のサービスもありますが、村人はそのようなサービス(First,SRC,etc)を「貴族の遊び」と呼びます。
     驚くべきことに役所はたくさんの求人を出しています。例えば、村から出ていくために必要な単位を取得するために村人が受講する授業のお手伝いさん(TA)、商店の運営を任されるCoop店員、選ばれし者のみ入居可能なAPハウスの清掃員(ハウススタッフ)や入居者のお世話をする作業員(RA)、パソコンが上手く使えない村人をサポートするスタッフ(SA)、村の外にAPU村のことを発信し続けるスタッフ(SPA)もあります。つまり、役所はたくさんの雇用を作り出し、村人を上手く活用しながら村を運営しているのです。
     しかし、その反面その職業は村人の権威を表すと勘違いしてくる者も現れてきます。「おれは〇〇だぞ!」と叫びながら村を闊歩しているのです。危なっかしくて見ていられません。そういう村人は、村を出た途端に小さくなります。「井の中の蛙」です。可愛いですね、カエルです。個人の希望としては役所にはそういう人にこそ他の村を見せたりして、いかに自分が狭い考えをお持ちなのかを知らせてあげてほしいです。じゃないとそういう人が増える一方です

     このツインタワーは村人たちの誇りであり、APU村の重要な役所でもあります。
     向かって右側の塔には主に「行動で権力を示したい!」という人たちや村人であることを証明するために必要な「身分証明書(ID)」を無くした人などが訪れます。身分証明書を無くすことは、役所から提供されるサービスを受けれなくなるという致命的なことを意味します。さらにこちらの塔には「金払うから村から出してくれ!」という村人も訪れます。その数は年々数を増しており役所も頭を抱えているそうです。しかし、そんな村人の中にも勤勉な村人もチラホラいるそうです。APU村ではこのような右の塔寄りの村人のことを「右翼」と呼びます。
     それに対して向かって左側の塔には、主に「学力で権力を示したい!」という人たちや、入村1年目に定期的に強制的に受けさせられる英語のテスト(TOEIC, TOEFL)の結果を知りたい人が訪れます。中には結果を知りたくない人もいますが。右側の塔とは違って、こちらの塔には「おれは勤勉だったから村から出してくれ!他の村を見てみたい!」というなんとも優秀な村人が訪れます。その姿は村人の模範であり、役所はそういう村人を大切に扱います。APU村ではこのような左の塔寄りの村人を「左翼」と呼びます。
     しかし、中にはとても器用な村人もいて、どちらの塔を行き来するような村人もいます。その柔軟さは目を見張るものがあり、村人からは尊敬の眼差しで見られます。そのように、優秀な村人は役所からだけではなく村人からも認められるため、村の中で最も栄誉のある「APUな人」と呼ばれます。「APUっぽい人」は腐る程いる中でこの「APUな人」はFucking尊敬されます。
    「それ以外の人たちもいるだろ?」って? 
     APU村に続く山道を途中で断念しちゃう人のことでしょう。村のサービスも使用せずにもったいない人々です。そういう人たちの多くは中央に見える噴水に飛び込むのが大好きな人たちです。そのような村人の姿は役所が発見し次第謎の失踪をとげます。
    A「あいつ最近見ないね。」
    B「そうだね。休学じゃね?」
    こういう会話がリアルにあります。全て「休学じゃね?」でおさまります。Simpleですね。
     長々と色々書きましたが、まだ書けてないことはたくさんあります。APU生のボクがイメージするAPUはこんな感じです。
     なぜAPU「大学」としてではなく、「村」として表現したかと言うと、「その狭い村の中だけに居座り続けると、外のモノを知らなさ過ぎるよ。」ということを知って欲しかったからです。twitterにも書きましたが「APUは小さな地球かもしれないけど、小さな世界になっている。」ということです。これは完全に個人の経験から言えることで、ボクは途中で記述した「カエル」でした。可愛くないカエルでした。カエルのまま外の村に颯爽と村から出て行きました。出ていった瞬間に「ぶちゅっ!」っと踏んづけられてしまいました。めちゃめちゃ痛かったけど、今では良い経験だと言えるくらいに更生したつもりです。
     APUの恐ろしい欠点。それはAPUの中だけで満足させ過ぎて、本当の意味での外を見せることを怠っていること。見た目から言わせてもらえば、「たくさん国際学生もいるしどちらかというと外見せまくってるだろ!」って気がしますが、もっと社会に対してアプローチしていく学生が増えても良いんじゃないかと思います。学生の考えが「APUで〇〇をやろう!」とか「私はAPUで〇〇をやった!」に偏り過ぎています。本当に必要なのは「APUから社会に〇〇をやろう!」とか「私は社会に対して〇〇したぞ!」というもっと大きな視野ではないのでしょうか?「APUで成功したから他でも通用する。」なんて考えてたら間違いなく足をすくわれます。そんなに甘くないです。
     そんなAPUの中にも自分自身に甘んじることなくちゃんと「外を知ろう!」としている人たちもたくさんいます。本当にあれです。Fucking尊敬します。そのような自分たち自身を客観的に見る視線こそ今のAPU生には必要なんでは無いでしょうか?
     でもボクはそんな悪い面も良い面も持ち合わせたAPUが大好きです。この良さはAPU生のみぞ知っていることだと思います。胸を張って自慢できる大学に通わせてもらっていると言えます。それはAPUを離れてさらに強まりました。
     ボクの復学は2013年の秋セメスターからです。もし、同じ時間を過ごすことが出来る方がいれば、よろしくお願いします。一緒にAPUをさらに盛り上げていきましょう!
    佐賀という遠いド田舎から生意気な長文失礼いたしました。
     ちなみに。みなさんは「右翼」でしたか?「左翼」でしたか?ボクは完全に「右翼」でした!別にどちらとも批判しているわけではないので、あしからず。
    *実際には「右翼」とか「左翼」とかそういう呼び方無いのでお気をつけて。流行らないかな?
    APU 3回生 国際経営学部 深川謙蔵