この2ヶ月で3回ほど東京へ足を運びました。久々に会う先輩や、同期。久しぶりの親友との再会は、己の未熟さと、親友の成長を目の当たりにし、ヤル気が出る反面、違う道を歩む親友の背中が、どこか遠く感じられたのも強く覚えています。
自分の「解」を探しながらも、色んな人と話す中で、文章に残しておきたいことが出てきたので、書き残したいと思います。
まず今回の夏休み、始まりはインターンシップへの挑戦からだった。本気で挑戦したモノもあれば、中途半端に取り組んだモノも。周囲の方々がドンドン成果を上げていく中、ボクは結局その切符を掴むことができなかった。
バイトやその他諸々の予定との両立に追われ、本来向き合うべきであったインターンや、就職活動については、正直深められなかったし、全部中途半端。悔しさしか無い。
インターンへの挑戦を途中で諦めたのは、逆求人大会への参加を優先させたから。これに付け加えるなら、インターン中に感じた圧倒的な「弱さ」が原因。理由が不明確なままで挑戦する意味が見出せなかったし、どんどん逃げて行ってた。
昨日、後輩からのアウトプットで1ヶ月弱ゴチャゴチャだった頭がまとまってきた。ゴチャゴチャの主な原因は、『軸』が定まっていなかったことだと気付いた。自分の中では、定まっていたつもりだけど、実際それは「軸」ではなく、無理やり「解」を探す中で創りだされた他の何かだった。
今回はこの「軸」について。
「『軸』を持って行動しろ。」
これは、誰しもが目上の方から言われた経験があると思う。今までずーっとわからなかったし、正直気にしたことも無かった。でも、これってそんなに意識してることなんかな?って最近気付いた。結局その軸って、自分の行動における一貫性のある何かだと思う。
様々な種類の経験をする中で、全く一貫性の無いようなことも経験してると思う。でも、その経験は、その『軸』に付随する何かであって、そこはそんなに重要じゃない。その経験というのは、「軸」という名の枝を彩る葉っぱであって、根幹である枝の部分は決して揺るがない。
ボクの軸は、「カッコイイモノ・コト・ヒト」。それに付随するのが、読書や映画、音楽、料理、そして人。全ての行動の原動力になっているのは、ボクが心からカッコイイと思ったものばかり。
バスケを始めたのも、APUに入ったのも、RAやったのも、サークルの代表になったのも、料理大好きなのも、なんでも最初は『カッコイイ』と思ったからだった。
(うえおパイセン風にいうと『イケてる』ってやつかな?)
それを中心に巻き起こったのが、色々な取り組みや経験であって、根本にあるものはいつも一緒。これだけは昔から変わってなかった。この部分に素直であることの重要性は何度も説いて来た。
枝は見つかった。葉も見つかった。後は、どう色付けしていくかだけ。一度落ちた葉は、二度と戻ってこないかもしれない。しかし、その落ちた葉は地に返り、養分となってまた幹に吸い込まれて行く。そんな感じでもう一度整理して、来るその日に返せるように準備を進めていきたいと思う。
最近のエントリーはまとまってないことばかりだったから、久々まとまったようなコト書けたのが純粋に嬉しい。