2011年12月31日土曜日
2011
今年も残すところあと少しとなって、2011年も終わりが近づいてきました。
後は年末の「笑ってはいけない空港」を見ながら年越しを待つのみです。
今年の年越しは、彼女とSkypeをしながらカウントダウンをするという恵まれた時間が過ごせそうです。
ちゃんと年越し蕎麦も食べないとね。
さて、話は変わりますが、2011年という年は私にとって一番の変化の年だったように感じます。
2010年の12月に次期RAのリーダ―を務めさせていただくことが決まり、2011年への期待と不安でいっぱいでした。
そんな心境の中で始まった2011年。
私自身だけではなく、世界的に記憶に残る年だったのではないでしょうか。
数々の自然災害に見舞われた年でもあり、各界のリーダー的存在だった方々の死去。
まさに新しい時代の幕開けを告げるような年だった気がします。
そんな2011年を私なりにまとめたいと思います。
≪1月≫
・彼女ができる。
・1年半勤務したABC-MARTを退職
・成人式
・自身初となるクラブイベント「For the 20th by tha 20th of the 20th's Night」を企画・運営
≪2月≫
・姉の結婚式のために東京へ
・初のOG訪問 @ 花王
・彼女と東京から別府までの日本縦断旅行
≪3月≫
・RAリーダ―業務スタート
・3.11
・イベントの依頼がくる
・人生初スピーチ2連続
・人生初の遠距離恋愛スタート
≪4月≫
・3回生になる
・新1回生たちとの出会い
・日韓交流イベント「Tower JacK Night」企画・運営
≪5月≫
・休学を考え始める
・SFCのMC
・安藤百福奨励賞に挑戦
≪6月≫
・世界祭で「巨大巻き寿司」を作る
・人生初の銀歯
・安藤百福奨励賞受賞
≪7月≫
・無事に彼女と半年記念
・休学確定
・禅宗の催事に参加
・Francfrancに応募
・i-Phoneデビュー
≪8月≫
・立命館学生との交流会
・ブログ開始
・お世話になった人たちと呑み
・初クラブ(騒がない方)
・大分旅行 真玉海岸
・21歳になる
・愛媛上陸 彼女の実家に泊まる
・2年半住んだAPハウスから退寮
・twitterデビュー
≪9月≫
・東北でボランティア
・実家暮らしスタート
・Francfrancでの勤務開始
≪10月≫
・映画と本の感想文
・Pub the Boose Brothers勤務開始
≪11月≫
・ホテルでの勤務開始
・茂木健一郎氏の講演会スタッフ
≪12月≫
・彼女とクリスマスプレゼント交換
・HAKATA FrancfrancでFrancfranc 20周年記念ムービー撮影の手伝い。
とまぁざっとこんな感じでした。
その中から思い入れのある出来事をピックアップしてみました。
RAリーダー
気づいたら2年間も続けていたRA。
APU以外の人からしたら全然何かわからないと思うけど、凄くやりがいのある活動です。
長期休みであるにもかかわらず、地元には帰らずAPハウスにこもり、キッチンを磨き続けた。
2年目にしてRAリーダーになり、RAという複雑な組織のリーダーとして活動できた経験はかけがえのない宝物である。
研修中に3.11が起こり、まとまりかけた組織が空中分解しそうになっていた。
でも、そこでRA一人ひとりが考えて自分たちなりに起こしたアクションには本当に感動した。
本当にRAをしていて良かったと思った。
休学生活開始
10月から本格的に始まった休学生活。12月31日までの約4カ月の間に苦しいことも楽しいことも、たくさんのことを経験した。一般的な休学スタイルとはちょっと違った、「働く」ということで他では得られない経験を毎日させてもらっている。自分がいかに甘い考え方をもっていたのかを思い知らされた。仕事を選ぶにしても、お金などは関係なく本当に働きたいと思った場所で働けているからこそ色んな事を吸収できているのだと思う。この4カ月でたくさんの人に出会った。間違いなく今のこの時間は将来に役立つと言える。後悔は全くない。
Franfrancでの勤務開始
Francfrancで働く(アルバイト)ために、今休学していると言っても過言ではないくらいに大きな出来事。興味のある仕事だからこそ、嫌々やる仕事よりもたくさんのことが見えてくる。良いところも見えれば、悪いところもたくさん見えてくる。間違いなく今後役立つだろう。つい先日には「20周年記念ムービー」の撮影にも参加することができて感無量です。友達とのつながりから生まれた素敵な出会いもあって最高に楽しかった。
3つ挙げるとしたらこの3つです。
彼女ができたことによって最高の思い出がたくさんできたり、twitter始めて色んな人と繋がれたりもした。
ぼくの今年を一言で表すなら「出会いの年」だったと思います。
本当に色んな人に出会った。
「出会い」に勝るものは無いです。
場所:
日本, 佐賀県鳥栖市
2011年12月9日金曜日
特技はバントと声出し
久々にまじめ。
直接的に今の自分に就職活動は関係ないんですが、周りの勢いに乗って自己分析してみた。
ちょっと前に似たようなことやったのでなんとなくではあるが、こんな感じ?ってのが出てきた。
定番の人生遡るタイプから。
ボクは小中高とスポーツが好きだった。
小学校では野球チーム。
中・高はバスケ部。
どちらとも将来的に「イケてる。」という部類に属する男子たちが行うスポーツをしたにも関わらず、その言葉には無縁の生活を続けて21年経った。
タイトルにもあるように、ボクの特技はバントと声だしだった。
小学生の時の野球チームでは、野球の花形ホームラン!というよりは自分を殺してでも仲間を進塁させる地味なバント。
中・高のバスケ部では、ガッツリ走り回ってプレーするよりは地味な声だし。6マンとかほど遠い。
どちらにおいても悔しいという部分はあったが、それが自分に一番適しているとさえ感じていた。
理由は簡単で、ボクがそれをしているとみんな嬉しそうだったから。
見た目も地味。性格も地味。自慢ではないが、初対面の人に一発で覚えられたためしがない。
でも、それが一番自分としても心地良いし、自分の個性であるとも感じている。
「みんなが楽しそうだから頑張る。」それが自分の中の軸になっているのは間違いない。
「バント」と「声だし」の共通点は、「自分を犠牲にしても誰かのために行動すること。」
シンプルに「誰かのために頑張る。」それでいいと思う。
だからどんな場に行っても、誰かのためにと思って行動する。
それが期待に応えているのかどうかはわからないけど。
「自分のため」と思って行動した時に失敗するのは、今までの経験で学んだ。
2番手でも良い、別に何番手でも良い。
誰かが喜んでくれるんだったら全力でやる。
ただそんだけ。
「バントのような人生。」
これが今の2011年12月の自分。
2年後の2013年12月におんなじこと考えてたら面白いけど、めちゃめちゃ悲しいね。
最後に、2年間休学している自分をONE PIECEの麦わらの一味の新世界突入前の2年間の修行の時期となぞらえているのは内緒。
直接的に今の自分に就職活動は関係ないんですが、周りの勢いに乗って自己分析してみた。
ちょっと前に似たようなことやったのでなんとなくではあるが、こんな感じ?ってのが出てきた。
定番の人生遡るタイプから。
ボクは小中高とスポーツが好きだった。
小学校では野球チーム。
中・高はバスケ部。
どちらとも将来的に「イケてる。」という部類に属する男子たちが行うスポーツをしたにも関わらず、その言葉には無縁の生活を続けて21年経った。
タイトルにもあるように、ボクの特技はバントと声だしだった。
小学生の時の野球チームでは、野球の花形ホームラン!というよりは自分を殺してでも仲間を進塁させる地味なバント。
中・高のバスケ部では、ガッツリ走り回ってプレーするよりは地味な声だし。6マンとかほど遠い。
どちらにおいても悔しいという部分はあったが、それが自分に一番適しているとさえ感じていた。
理由は簡単で、ボクがそれをしているとみんな嬉しそうだったから。
見た目も地味。性格も地味。自慢ではないが、初対面の人に一発で覚えられたためしがない。
でも、それが一番自分としても心地良いし、自分の個性であるとも感じている。
「みんなが楽しそうだから頑張る。」それが自分の中の軸になっているのは間違いない。
「バント」と「声だし」の共通点は、「自分を犠牲にしても誰かのために行動すること。」
シンプルに「誰かのために頑張る。」それでいいと思う。
だからどんな場に行っても、誰かのためにと思って行動する。
それが期待に応えているのかどうかはわからないけど。
「自分のため」と思って行動した時に失敗するのは、今までの経験で学んだ。
2番手でも良い、別に何番手でも良い。
誰かが喜んでくれるんだったら全力でやる。
ただそんだけ。
「バントのような人生。」
これが今の2011年12月の自分。
2年後の2013年12月におんなじこと考えてたら面白いけど、めちゃめちゃ悲しいね。
最後に、2年間休学している自分をONE PIECEの麦わらの一味の新世界突入前の2年間の修行の時期となぞらえているのは内緒。
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