2012年7月23日月曜日

I am an Alien.


 毎週末に訪れる別れの瞬間。友人との別れを惜しむこの瞬間も、徐々に慣れつつある。旅立つ友人のことを思うと、できるだけ長い時間を共に過ごしたいと思う反面、自分のやるべきこととの間の葛藤に苦しむ昨今、頭から離れない疑問がある。
          『何を求めて日本を離れたんだろうか?』
 正直な話、初めから留学の第1の目的は語学力の向上ではなく、1人日本を離れて知らない国で生活することだった。APUのような「国際的な環境」と言われる環境でも学べることはたくさんある。確かにそれは事実だが、日本を飛び出してみて初めて気づくこともたくさんある。
 言うまでもなく、ボクは今圧倒的にマイノリティな環境の中で生活している。クラスメイトはみんな欧米人。アジア人1人で欧米人10人近くで遊ぶことも稀ではない。育ってきた環境が全く違うし、宗教も違ければ、人生観も圧倒的に違う。ボクのこのブログで良く取り上げるのはこの「人生観」についてである。こっちに来たての頃にまとめた記事でも取り上げたように、欧米人の人生観というのはとてもシンプルで、一言で表すなら “It’s my life.” と言った感じである。比較的この楽観的な考え方は好きなのだが、たまに理解に苦しむこともある。今回はその経験を通して考えたことを自戒の意味も込めてまとめたいと思う。
 ボクの周りの友人の多くは、インターンシップをしたり、バイトとしてホテルで働いている人が多い。職種は主にホテルや語学学校のスタッフなどである。そういう人達は、マルタに来る前に自らその枠に応募して、許可を得たうえでマルタに来ている。しかし中には、契約期間があるにも関わらず、仕事量と給料が割に合わないという理由で、契約を途中で大幅に短縮して早々と国に帰って行く人も珍しくない。この状況、まず日本ではありえない。
 契約が決まっているのなら、きちんとその期間を全うするのが責務だし、それが働くものとしても責任だと思う。だからボクは、この考えには納得が行かなかったし、ただの甘えだと思っていた。後から聞いてみると、欧米ではそういうのはザラにあって、雇用主よりも労働者の方が権力を持っているらしく、無理に引き止めたりすると訴訟問題になり兼ねないらしい。もちろん雇用主が大損して終わることが大半。
 でも今振り返って見ると悔しいが、この感情こそがボクの中に根付いた日本人としての意識なんだと思う。
               『我慢すること』
 これはボクたち日本人が幼い時から教育されてきたこと。「今は大変かもしれないかもしれないけれど、我慢していればいつかきっと良いことがある。」ずっとそう教わってきた。それが今の日本社会に根付いているのは言うまでも無い。今日本で話題になっているイジメ問題もそう。確かに我慢強い人間は心の広い人間になることができるかもしれない。でも「我慢すること」が美徳として捉えられ過ぎている。日本が抱える自殺とか過労死の問題も結局はここに繋がってるんじゃないかな。
 そういう問題を抱える日本を見ながら、この環境で生活していると、欧米人のような楽観的な思想への憧れを抱いている自分がいる。しかし、急にそうはなれない気がする。結局は自分に合った生き方っていうのを自分の中で決めることができれば良いんだけど、今の日本社会が簡単にそうさせてはくれない。みんなが好きなことしながら生きていける世の中なんて夢の様な話だけど、そういう社会がいずれ訪れてくれるんじゃないかと、これからの時代を生きる1人の日本人として淡い期待を寄せている。
 話が逸れてしまったが、ボクが『日本を離れた理由』っていうのはこういうところにあるんじゃないかな。TOEICやTOEFLの点数だけを劇的に伸ばしたいなら、海外に来る必要は全く無いし、英会話が上達したいのなら駅前留学に行けば良い。そんなのじゃなくて、留学の醍醐味っていうのは、今までの常識が覆される中で、いかに自分で考え、その環境に適応していくかにあるとボクは思う。この興奮は一度覚えると病みつきになる。
 自分の考えがドンドン変わっていくこの感覚を、一度味わってみてはいかがだろうか。