2013年6月19日水曜日

いん・あうと・ぷっと

 第2Qが始まって、大して忙しいようなこともなく、ただ過ぎていく日々をのうのうと過ごす日々。後輩たちが一生懸命学生生活の振り返りを発表するプレゼン大会にも観客として参加し、2年前にその舞台に立っていた自分の姿と重ねあわせては、自分が成長したのかどうかと自問自答を続ける。その場に立ってキラキラとしていた後輩たちの姿を見ると、心のなかでふつふつと熱いものが込み上げてきた。

 今の自分自身、どのように成長したら良いのか。もちろん課題は山積みだ。TOEICもSPIもしなければならない。でも、人としてや、物事への考え方などを叩きこんでくれるような目上の方の存在も乏しい。目上の方に限定するから悪いのかもしれない。もちろん後輩から学ぶことも多々なのだが、目上の方の後を着きまとって学ぶことのほうが性に合う。

 復学してからは完全にアウトプットの数のほうが多いし、自分としてもすごく楽。でもその分楽しさは少ない。今僕が欲しているのは、大々的にアウトプットするような場ではなく、僕の前提を全て覆してくれるような強烈なインプット。基本的に本を読みながらアウトプットを行うのだが、読む本も偏ってきていて、自分の中で衝撃的な発見があるような本と出会うことも珍しい。

 そういう経験をするためにも今は自分で人を探さなきゃいけない。呼ばれた呑み会には必ず参加し、色んな人と話してみる。最初は苦手に思っていた場でも、案外溶け込めて新しい出会いに一喜一憂することもある。

 また振り出しからスタートだ。1回生の時にどんな呑み会にでも顔を出していたように、色んな人と出会う時だ。知らない人も沢山いる。その分可能性がある。ジッとしてては何も変わらない。自分から動かなければ。

 今日参加した飲み会で面白い出会いがあって、面白い話もできた。久しぶりの感覚でとても嬉しかったし心地よかった。新しいキッカケももらった。後は自分でどうするかだけ。自分の道は自分で作る。動ける時に動く。



最後に、今日読み終わった本で、面白い部分があったので紹介します。

「『肉体性』とは、自分の身体で感じたことに正直に生きるということ。」

今の時代に合った言葉でいうと、「当事者意識」というんだろう。商売人で言ったら、自分の好きなものしか売らないといった、周りに何も影響されない自分だけの価値観で商売を行う。前に上尾が言ってたのはこのことなんだと納得。ものすごく、格好良い。


2013年6月11日火曜日

おとな

 先週末は祖母の7回忌ということもあり、久しぶりに実家に帰省。約3ヶ月ぶりの帰省ということもあって、会いたい人もいれば、やりたいこともあった。

 帰省してスグにバイト先のイタリアンレストランへ友人を連れて訪問した。休学中にお世話になったオーナーの誕生日祝いを渡していなかったので、酒のコタニで買った芋焼酎を渡した。日頃感謝の気持ちを表す機会などそうそう無いので、こういう機会にきちんと返さなければ。

 相変わらずとびきり美味いピザに舌鼓を打ち、久しぶりに会った友人たちと近況報告などの会話を楽しんだ。みんな各々の目標に向けて頑張っているようで、僕自身も負けてられないと、刺激をもらった。

 翌日は朝からドタバタ。朝から久しぶりに愛犬たちと庭で遊び、日頃なまった身体を動かせて嬉しそうな姿を見るとこっちまで元気が湧いてくる。実際、実家に帰る1つのたのしみでもあったりする。その後は庭の芝刈りをして、7回忌に備える。

 1冊の本に出会ってから帰省した際には必ず行くようになった墓参り。ちょうど実家から歩いて10分くらいのところに墓があるので、散歩がてら行く。墓参りに行くようになったのは、その本の影響というのもあるんだけど、1番は自分自身が『大人』だと意識し始めたから。まだ大学生で親に心配ばかりかけている分際で『大人』になったなど早過ぎるという人もいるだろう。

 でも僕は、その人が自分自信を『大人』だと思った瞬間から、『大人』なんだと思う。そう思うキッカケや、基準って人それぞれだろうし、それでいいと思う。俗にいう二十歳を超えたら大人っていうのも納得できるし、その前からそう感じてる人もいるだろう。

 『大人』になるって、一種の人生の中での区切りだし、小さい頃からの憧れでもある。正直自分でもいつからが『大人』っていう区切りなのかハッキリしないし、そういうのがあるのかもわかんない。

 『ちゃんと墓参りするのが大人』っていうわけではないんだけど、自分の中でそれくらいのことはしておきたいなっていうのはある。宗教心が強いわけではないんだけど、墓参りするとなんかここぞでパワーをもらえる気がする。必ずどっかで心の支えになってる。

 自分で自分を大人だと思い始めても、親から見たらまだまだ子供なんだろうなと思うと、人って皆、いつまでも子供なのかなとか思ったり思わなかったり。

 

2013年6月6日木曜日

いっぽ

 約2年ぶりのクオーターブレイク。だからといって、とびきりはしゃいでやろうという気もサラサラなくて、いつも通りの時間が過ぎていくものだと考えていた。しかし今回は、本当にいい意味での休憩ができて上手く切り替えれたと思う。

 前にも書いた、APUと楽天と日経の主催で行われた第一回グローバルキャリアチャレンジプログラムに参加してきた。東京の学生と企業をわざわざ別府に招いて、3日間ぶっ続けで各々の担当の企業についての企業理解と10年後のビジネスプランを考えるというものだった。

 楽天を担当することになり、チーム5人で集めれる限りの情報を集め、徹底的に話し合い考え抜いた。企業理解が本当に難しく、ただ単にサイトを見るだけでは表面上のものしか見えてこず、結局は楽天が行なっているビジネスと、創業当時からのミッションを照らしあわせて、そこから見えてくるものを探さなくてはならなかった。

 ここで2日間調べたことを書き続けたら膨大な量になってしまうので割愛するが、見えてきたものは、本当にシンプルなものだった。Amazonなどの競合と戦ってきた中で、今現在楽天が生き残ることができた一本の線をみつけることができた。その瞬間チームがひとつになったような気がした。

 久しぶりにチームで動くことを実感し、リーダーとして行動する中で、昔自分が築き上げたリーダーとしてのスタイルがふつふつと湧き上がってくる感覚は、不思議ではあったが、どこか心地良くも感じた。リーダーとして僕ができることは、全く大したことは無く、いかにメンバーが過ごしやすい空間を作ることができるかだけだった。だから、良いアイディアも出していない、気が利くようなことも言ってない。

 正直アイディアを見る限りでは、他のグループと被っていてもおかしくないようなアイディアだったので、他のグループに勝つか負けるかの差は、本当に微々たるものになることはわかっていた。ここで大きな差を出すのがプレゼン力や、さらに考え抜く力だった。正直このプレゼン力というのは、一日そこらでどうこうなるものではなく、場数踏んだ奴が強いわけなので、そこは無視して、考えぬくことに注視した。

 この最後までやり切る力の原動力というものは、シンプルだけど結局は『根性』だと思った。『負けたくない。負けられない。』というような本当にそこだけだと思う。結果が出る前に、プレゼン作り終わった瞬間から『1位じゃなくてもいい経験できたし良かった!』とか言ってたらもちろん負ける。何においても結果が全てだし、そこに繋がるプロセスを大事にしてこその結果だと改めて感じた。

 正直これは、僕らのグループが楽天を担当した中で1位を取れたからこそ言えるのかもしれないが。別にデカイ態度でドヤ顔したいわけでもない。最後に主催者の方が質問した『最初から1番を目指して頑張った人』という問に対して手を挙げずに周りをキョロキョロ見渡す他の参加者ばかりの中、堂々と手を挙げたチームメイト全員を僕は心から誇りに思う。

 『No.1じゃなくてOnly 1で良い。』を具現化したような光景だった。これが巷で言われる「ゆとり」というわけではないかもしれないし、そうかもしれない。正直そんなのどうでもよくて、結果を出さなきゃいけない時は出さなきゃいけない。それ以外はonly 1でも良いと思う。でもそれじゃ何もできないし何も生まれない。

 就活もそうだけど、結局自分が行きたい企業があるのならば、その企業が提示する条件を満たす点数が必要なわけで、それにも満たしていないのに、『点数じゃなくてもっと人間性で判断して欲しい。』なんてただの戯言でしかない。スタートラインに立てていない自分に気づくべきだ。

 今APUに戻ってきて考えるのは、誰を目標にするかや、ライバルとするか。正直誰といえるような人がいるわけでもないが、休学中にたくさんの人に出会った中で、自分よりもはるかに優れた人の存在を知ると、もっと頑張らなくてはと躍起になる。そういう存在の人には、嫉妬でもあり憎悪の念も少しばかり混じっているのかもしれないが、感謝している。

 今回のイベントを通して、初めての経験があった。それは自分で出した答えに気づき、涙を流すような感動を覚えたことだ。そんな経験みんなにもあるのではないだろうか?私は今までそんな経験がが無かったし、冷め切っていたのかもしれない。そんな経験が今後の僕の将来に一歩を踏み出させてくれた。道は決まった。今は、それに向かって頑張るだけだ。

 追記 1位になれなくて悔し涙を流す後輩を見て、久しぶりに嬉しかった。中々冷め切ったような態度をとる奴なので、そういう人間味のある感情を感じれたことが本当に嬉しかった。その悔しさをバネにまた頑張って欲しいし、僕も頑張らなくてはと思った。ありがとう。