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2012年11月4日日曜日

こみゅにけぇぃしょん

 かなり気が早いのかもしれないけれど、最近ずっと復学してからのことを考えてる。復学は来年の4月。2012年地球滅亡説もまだ残ってるのに、呑気に2013年のこと考えてる。復学しても、お世話になった先輩方はいないし、同期の2009年入学の友達たちも大半が卒業していて、カフェテリアの窓際をオーバー22歳のオジサン学生同士で飾るのかもしれないと思うと、楽しみでもあるが、なんとも寂しい気持ちにもなる。
 そんな復学が待ち遠しいオジサンが最近ワクワクしているのは、復学と同時に『ソーシャルスペース』として開放できる空間をみんなに提供すること。復学後に友人たちとシェアをして大きな家に住むことはほぼ確定していて、その空間の使い方にこだわりたい。まぁ基本コンセプトとか考える前に同居人達をこの計画に引きこむことができなければ、結局はオナニープランの夢物語となって泡と化してしまうのだろう。
 こう考えるようになったきっかけっていうのは、幸運にも大学の諸先輩方から可愛がっていただいた、ぼくなりの大学や先輩方への感謝の気持ちの表現でもあるのだが、学年とか関係なくみんなでワイワイするのが好きって言うことにもある。これを通してただ盛り上がるだけでなく、自分にとっても来てくれる人にとっても色々と意味のある空間創りができれば良いなと思う。
 先輩と後輩の繋がりって本当に素敵で、この縦の繋がり無くして今の自分は無いと自信を持って言える。先輩から勉強させてもらったことを、自分の中に落としこんで、後輩にアウトプットしていくことを繰り返す中で、自分の考えは積もるように蓄積されていくんだと思う。これは別に年齢とか学年とか全く関係なくても言えることで、例えば音楽に精通している人が『もっとこのアーティストみんなに知ってもらいたい。』とかそういう気持ちに似てると思う。そうやって知ってもらうことで相手の中に興味関心の種を植え付けることさえ出来れば、それは価値のある活動だと思う。
 僕はそこに重きを置いて、この『ソーシャルスペース』を実現させたいと思う。つまりは、色んな垣根を超えたコミュニケーションの場になるような空間を提供していけたらなと思う。別にこれはAPU生に限定した空間じゃなくて、興味のある人がドンドン集まって来るような空間になればもっと価値のある場になると思う。それこそ、卒業した先輩たちだったり同期たちが気軽に帰って来れるような場所になれたら至高。
 正直今の段階で別府にはこういう空間そこそこあるよね。上手く差別化を図って、お互い協力しながら価値のある場を創造できれば良いな。みんながそれぞれ興味のある空間に集まっていければもっともっと素敵なコミュニケーションが広がっていって、そこからまた新しい何かが生まれて、もっともっと楽しい生活が送れるんだと思う。
 別にそのつながっていく何かっていうのは、新しいコミュニティでも良いし恋愛とかでも何でも良い。そのキッカケづくりとして何か機能できるような役割になる場所を僕は追い求めたい。
 今計画している中では、足りないシェアメンバーをウェブ使って学年・国籍関係なく募集かけたり、『金無くて飯食えません。涙目』って人に皿洗いとかの代わりに御飯作ってあげたりと色々空想段階ではあるけど、ニヤニヤしながら考えてる。これもまたメンバーで要相談ですな。

これから少しずつ同居人たちと相談しながら色々と決めて行こうと思いますので、ソーシャルスペース公開日まで楽しみに待ってていただけたら幸いです。ε=\_○ノ イヤッホーゥ!

Special Thanks うえお

2012年9月21日金曜日

One More Time


 毎年増える蝋燭の数。歳を重ねる喜びとは裏腹に、蝋燭に灯った火を消す度に目には見えない何かも一緒に消え去っているような気がする。人生の節目となる20歳を迎えたのは2年前のこと。皆、幼い頃に抱いていた『20歳』というイメージと照らし合わせたと思う。気づけばボクも今年で22歳。将来に描いた理想の自分への軌跡を、しっかりと一歩一歩踏み出せているのかは正直自分でもわからない。しかし時間だけは刻々と過ぎて行くわけで、時の流れには誰も抗うことはできない。
 APUを離れて早くも1年。様々なことを経験する中で、得たモノもあれば失ったモノもある。0から1の人間関係を作り上げることは思った以上に難しく、自分の無力さを思い知らされた。休学して3ヶ月が経った頃だっただろうか、久々に会う友人や先輩に『なんか落ちついたね。』と言われたのは。自分では何の自覚も無かったのだが、休学する前のボクは刺々しくて見てもいられないような存在だったらしい。その時の気持ちとしては、恥ずかしい思いもあったが、喜ばしく思える小さな進歩だと思っていた。
 そんなこともすっかり忘れて、気づけば憧れの土地マルタ。夢にまで描いた留学生活、初めての海外での一人暮らし。目に映るモノ全てが新鮮で、何もかもが刺激的だった。一日のタスクをきちんとこなしていたのは最初の頃の話で、マルタでの生活に慣れてくると周りの友人達に流されて、色んな事を先延ばしにし、堕落している自分の姿が目につくようになり始めた。『まぁなんとかなる。』と、どこか高をくくっていた自分が本当に情けない。
 堕落した生活を送る自分の姿とは違い、TwitterやFacebookで見かける同期や後輩たちの何事に対しても貪欲な姿勢を見ていて、『おれも落ち着いたな。』と思っていた。でもこの『落ち着く』とは何なのだろうか?昔から『落ち着きのある人』への憧れは強く、それが自分の理想像でもあった。しかし、ボクは意味を履き違えていたようだ。ボクは決して落ち着いているわけではなく、休学する前のあの貪欲な姿勢を忘れてしまっていただけだった。簡単に言うと、何事に対しても興味が無くなってしまったのだ。これ程までに悲しいことは無い。

    1年間の休学生活の中で、一番失ってはいけない貪欲な姿勢を失っていた。

 あの熱苦しくも居心地が良い仲間たちとの思い出がはるか昔のことのよう。APUという環境がそうさせるのであろう、誰もが自由気ままに闊歩するキャンパスに早く帰りたい気持ちでいっぱいになった。しかしボクにはまだ2ヶ月半留学生活が残されているわけで、今ここでできる最大限のことをしながら、少しずつあの頃の貪欲な姿勢を取り戻していこうと思う。という書留。
 

2012年3月2日金曜日

Sensor Of Exciting.


 最近、念願のMac Book Proを手に入れてずっと弄くりまわしております。みなさんのアドバイスのおかげで良い買い物ができました。Macを買うまでの経緯はこちら。Apple様からいただいた1万円分のiTunes Cardの使い道が上手く決まらずに大金を持て余しておりますので、オススメAppとかあったら教えてくださいエロイ人。
 さぁさぁ偉そうに休学してるメガネがまたまた偉そうなこと書きますよぉ。今回は前からずっと感じていたことについて。
 10月から正式に大学を休学して地元で働いているというのは何度も言っているのですが,なんで休学しているのかや、なんで留学するのかには触れてなかったですね。まぁそのことについてです。
 3回生の後半というとみなさんご存知のように就職活動が一斉に開始する非常に重要な時期です。本来なら就職活動をしているはずのボクですが、休学中ということもあってしていません。しかし、休学中だからといって気は抜けないので、日頃から自分なりに考えてはいます。そんな中、よくこういう質問をされます。
「そんな重要な時期に休学して就活大丈夫なの?」
「2年も休学したら後々就活に響くんじゃないの?」
「留学してたら就活に良いもんね。」
 などと色々な質問や意見をいただくことができます。本当にありがたいです。毎日働くための良い刺激になっています。しかし、ボクがいつもひっかかっているのは「就活」の文字です。時期も時期ということもあってか、就活に絡めたことをよく言われます。はっきり言って、もうウンザリです。就活は将来どのようなライフスタイルを過ごしていくのかを決めるのにあたって、すごく重要なことだと思います。それはすごくわかります。しかし、就活が全てでは無いと思います。
 今3つの職場を掛け持ちして、年齢の違うたくさんの人と接する中で感じること。それは、人それぞれ違ったライフスタイルを持っているということ。何を幸せに感じるかなんて人それぞれです。あなたは何を「幸せ」と感じますか?
若いうちに結婚できたら幸せですか?
たくさんお金があったら幸せですか?
 「幸せ」の価値観なんて人それぞれです。結婚する義務もなければ、同じ仕事を続ける義務もありません。言ってしまえば就活する義務もありません。その人が幸せだと感じるのであれば、他の誰がなんと言おうと幸せなのです。
 この「就活と休学」の間で揺れ動く感情というのは休学生なら必ず経験することだと思います。少し前にtwitterにも書きましたが、「休学と就活」を結びつけること自体がすごぉーくナンセンスです。誰も就活に有利になりたいから休学したり留学したりするわけではありません。もしそういう考え方の人がいるんだったら、ボクはすごく残念だと思います。
 「なぜ休学するのか。」「なぜ留学するのか。」そんなの簡単です。単純に「おもしろそうだから」です。他に何か必要ですか?「留学して◯◯やりたい!」とかはあるとして、最初の動機として「おもしろそう」以外に何か必要でしょうか?動機としては十分すぎるとボクは思います。
 「おもしろそう」と興味は持つものの、中々踏み切れない人もたくさんいると思います。「失敗したらどうしよう・・・。」などと、ネガティブなイメージを持ってしまうでしょう。考えていてもネガティブなことしか出てこないですよね?
 せっかく20年以上生きてきたんだから自分の『おもしろセンサー』を信じましょうよ!!!
 あなたが今没頭していることがありますよね?何でも良いです。なんでそれが好きなんですか?なんでそれにハマってるんですか? That’s why 「おもしろい!」でしょ。
 自分のおもしろいと反応するセンサーなんて自分しか感じれません。それを信じずに何を信じますか?他人の目ですか?周囲の期待ですか?そんなの中学校の思い出と一緒にタンスの奥のほうにブチ込みましょう。つまらない世界にはさようならです。
 「休学してる贅沢者には気持ちわかんねぇよ。」って言いたいのも十分承知なんで、生意気なこと言って申し訳ありませんねぇ。
 最後に前回紹介した日清の本社訪問の際に、現日清食品ホールディングスCEOの安藤宏基様から頂いた興味深い言葉を紹介したいと思います。
「おもしろいと思ったことのアンテナを伸ばせば伸ばすほど情報と人は集まってくる。」
 今回の話に合わせて言い換えると、自分のおもしろセンサーを信じていれば自然と情報も人も集まってくるって意味です。その巡ってくるチャンスや人との出会いを奇跡だと思うのか、はたまた自分でたぐり寄せたと思うのかはあなた次第です!
伸びろ!伸びろ!おもしろセンサー!信じろ!信じろ!おもしろセンサー!\(>o<)/

2012年2月18日土曜日

ENCOUNTER


 今月の初めに、昨年より予定していた「安藤百福名誉博士奨学金」のお礼参りのために東京へ1泊2日の弾丸旅行をしてきた。まだまだ寒さの残る別府の朝の空気を肌に感じながら、親友との久々の再会を果たした。初めて見る方々もいて、最初は緊張したものの飛行機に乗るころには打ち解けることができていた。さすが各学年の優秀者たるもの、コミュニケーション能力の高さは目を見張るものがあった。(メンツが凄過ぎて未だに自分がなぜその場にいるのか理解できてなかった。)
 大分空港発の飛行機に乗り、東京へ向かう。機内では4回生の受賞者の鬼塚さんと隣だったので、受賞に至る経緯など色んなことを話したが、年齢差などを感じさせないフレンドリーな方で、話が弾んだ。とても謙虚な方で、内側に秘めた熱い思いを引き出そうと自分なりに奮闘したが、力及ばず・・・。そんなこんなしているうちに東京へ到着。1時間半で東京まで行けるなんて・・・。「技術の進歩は凄いですな!」なんて言いながら一行は目的地の昨年の暮れにオープンしたばかりの「CUPNOODLES MUSEUM」を目指す。
 予てから訪れてみたかった場所だったので内心ドキドキだった。移動中の車内はウズベキスタン出身のアクマルと色々と談笑していた。驚くべきことに約半年英会話から離れていたにも関わらずアクマルとの英会話にちょびっとだけついていけたのだ!これは本当に嬉しかった!地下鉄の乗り換えなどをしながら、ついに到着!
 このミュージアムは、UNIQLOの広告などのデザインで有名な佐藤可士和氏による総合プロデュースということもあり、どんなアイディアが散りばめられているのか期待に胸を膨らませていた。予想通り内装はとてもシンプルで、「白を基調に赤文字」というUNIQLOとかのデザインでもお馴染みのスタイルだった。入口から入ってスグ見えるのが大きく広がるエントランス。天上の高さもあり、余計に広さを感じさせる。この大きく長い階段を上って、ミュージアムのエントランスゲートを目指す。中には歴代のインスタントラーメンの展示や、故安藤百福氏がチキンラーメンを発明するまでの過程を描いたムービーや、佐藤可士和氏のクリエイティブシンキングが隅々まで行き渡った、大人から子供まで楽しめるアトラクションなどがあった。(写真はミュージアム内の一部)

一番印象的だったのがこの展示である。

1.まだ無いものを見つける
2.なんでもヒントにする
3.アイデアを育てる
4.タテ・ヨコ・ナナメから見る
5.常識にとらわれない
6.あきらめない
 故 安藤百福氏は、これら6つの要素を軸にチキンラーメンや世界初のインスタントラーメンの発明に取り組みました。これら1つ1つに関する展示も行っているので、そちらも要チェックです。
 展示を見たあとは、世界に一つだけのMy Cupnoodleを作ったり、My チキンラーメンを作ったりしました。家族やカップルなどで来ても必ず楽しめるので、みなさんもぜひぜひ!!(手作りチキンラーメンの体験は希望日の3か月前から申し込みが必要です。)


 展示の他にも、世界各国の麺料理を堪能できるお食事スポットなどもあり、朝から晩まで楽しめるようになっていた。麺料理だけで言うなら確実にAPUの学食よりも充実している。w
 ミュージアムのスタッフの方々にも本当に良くしていただいて、最高の時間が過ごせた。本当にありがとうございました。一つ心残りなのは、お土産屋さんに立ち寄れなかったこと。また今度ゆっくり行こうと思う。
 その日の予定は終了し、足早にホテルを目指す。東京のラッシュ時と重なりそうになったが、メンバーのとっさの判断によりギリギリ回避できたようだった。ホテルに着くと、食事をした後は解散し、各自の部屋で休息をとり、次の日の日清食品ホールディングス代表取締役・CEOとの食事会に備えた。
 朝から徒歩で日清食品本社に向かう。天候はあいにくの雨。傘をさしながらスーツケースをひいての移動だったために、移動だけで疲れてしまった。そうこうしているうちに、本社に到着。私たちよりも一足先に立命館の団体が訪れていた。立命館からは代表2名の国際学生が来ていた。本社のエントランスでゆっくりした後、会食の部屋へと案内された。「もう二度とこの場所に来ることは無いね。」と言うと、「いやいや、ボクはまた来ますよ。」と自信満々に語るケンモの顔が印象的だった。あれは完全にドヤ顔だった。まぁあいつならあり得るやろうけど・・・。
 代表取締役が部屋に入って来るやいなや、空気が張り詰める。良い緊張感だ。CEOはとてもフレンドリーな方で、冗談を交えつつ私たちの緊張をほぐしてくださった。一人ひとりのお礼の言葉も終わり(ボクは超緊張していて噛みまっくてたが・・・。)、食事にうつった。食事中の会話を聞いているだけで、日清食品がいかにグローバルに事業を進めているのかが伝わってきた。どのようなグローバル人材を求めているのかも本来なら就活をしているはずの自分に言い聞かせながら感じることが出来た。しかし、一番印象に残っているのはCEOの安藤宏基氏の「麺」についての話だ。インスタントラーメンの会社の社長だけあって、「麺」にはかなり熱い思いをもっている。「国ごとに麺の固さが違う。」や「麺の塩気が一番重要」だったりと、ひとえに「麺」と言っても話す内容は多岐にわたる。世界中の麺の話は本当におもしろかった。直接話す機会は無かったが、歓迎してくださっているというのはヒシヒシと伝わってきた。本当に素敵なお方だった。
 その日のスケジュールもこなし、足早に本社を去り帰路についた。別府についたのは19:30くらいだっただろうか。東京とはうってかわって天気は良く、別府の北浜の景色と肌を刺すような寒さを今も覚えている。途中下車したメンバーもいて、全員で解散ということはできなかったが、無事に1泊2日の旅は終わった。準備段階からお世話をしてくれた駒牧さんには感謝しきれない。ありがとうございました。
 今回のこの旅で出会った、奨学金の受賞者の方々のキャリアや就職先も凄かったのだが、全員に共通して言えることは、その人柄である。誰一人受賞したことを自慢するわけでもなく、むしろ謙っている方ばかりだった。受賞に至るまでの経緯で様々な困難に直面し、その壁を乗り越えてきた方々はやはり凄かった。審査基準に必ずその人の人柄が反映されていることは間違いないと思う。この出会いを大事にしたい。
 今回に限らず、安藤百福名誉博士奨学金を受賞している歴代の先輩方のキャリアが凄過ぎて、自分が受賞したことが恥ずかしいくらいだ。そんな先輩方に恥じることの無いようこれからも日々精進していきたいと思います。
2011年春セメスター 安藤百福名誉博士奨励賞受賞 APM 3回生 深川謙蔵
P.S 別府を代表する新世代ソーシャルスペースのウエオアートマンスルームのコウジとウェンありがとうなぁ~!!!!

2012年1月18日水曜日

APU村


 タイトルにもあるように今回は自称胡散臭い男のボクが、ちょっと怖いですけど大好きな立命館アジア太平洋大学(APU)について書いてみたいと思います。知人とかには毎回楽しそうにAPUの話をするけど、正直どんな大学かもよくわからんでしょう。「国際学生がいっぱい」が一番のイメージでしょう。パンフレットだけじゃぁあんな山の上にあるとは思わないでしょうし・・・。今回はAPUを大好きなボクが、休学してAPUを離れてから気づいたことを踏まえてAPUを一つの「村」として皮肉ってみたいと思います。何度も言いますがボクはAPUが大好きです。どうぞ優しい目で読んであげてください。ボクはみなさんの味方です。


 APU村は大分県別府市の山頂に位置する村です。村を紹介しているパンフレットにはそんな面影すらありません。村人の人種も様々で文化の異なる人々が共存しています。村の中だけでも様々な言語が存在しますが、共通の言語は日本語と英語です。村人の数は約6000人にも及び、村人の多くは他の村とは比較にならないほどの破格の高い税金を払いながら生活しています。そのため、役所からは様々なサービスが提供されています。図書館やインターネットや簡単な医療(保健室)やジムもあります。さらには他の村から来た優秀な人のありがたぁ~いお話を聞くことが可能です。全て無料。中には有料のサービスもありますが、村人はそのようなサービス(First,SRC,etc)を「貴族の遊び」と呼びます。
 驚くべきことに役所はたくさんの求人を出しています。例えば、村から出ていくために必要な単位を取得するために村人が受講する授業のお手伝いさん(TA)、商店の運営を任されるCoop店員、選ばれし者のみ入居可能なAPハウスの清掃員(ハウススタッフ)や入居者のお世話をする作業員(RA)、パソコンが上手く使えない村人をサポートするスタッフ(SA)、村の外にAPU村のことを発信し続けるスタッフ(SPA)もあります。つまり、役所はたくさんの雇用を作り出し、村人を上手く活用しながら村を運営しているのです。
 しかし、その反面その職業は村人の権威を表すと勘違いしてくる者も現れてきます。「おれは〇〇だぞ!」と叫びながら村を闊歩しているのです。危なっかしくて見ていられません。そういう村人は、村を出た途端に小さくなります。「井の中の蛙」です。可愛いですね、カエルです。個人の希望としては役所にはそういう人にこそ他の村を見せたりして、いかに自分が狭い考えをお持ちなのかを知らせてあげてほしいです。じゃないとそういう人が増える一方です

 このツインタワーは村人たちの誇りであり、APU村の重要な役所でもあります。
 向かって右側の塔には主に「行動で権力を示したい!」という人たちや村人であることを証明するために必要な「身分証明書(ID)」を無くした人などが訪れます。身分証明書を無くすことは、役所から提供されるサービスを受けれなくなるという致命的なことを意味します。さらにこちらの塔には「金払うから村から出してくれ!」という村人も訪れます。その数は年々数を増しており役所も頭を抱えているそうです。しかし、そんな村人の中にも勤勉な村人もチラホラいるそうです。APU村ではこのような右の塔寄りの村人のことを「右翼」と呼びます。
 それに対して向かって左側の塔には、主に「学力で権力を示したい!」という人たちや、入村1年目に定期的に強制的に受けさせられる英語のテスト(TOEIC, TOEFL)の結果を知りたい人が訪れます。中には結果を知りたくない人もいますが。右側の塔とは違って、こちらの塔には「おれは勤勉だったから村から出してくれ!他の村を見てみたい!」というなんとも優秀な村人が訪れます。その姿は村人の模範であり、役所はそういう村人を大切に扱います。APU村ではこのような左の塔寄りの村人を「左翼」と呼びます。
 しかし、中にはとても器用な村人もいて、どちらの塔を行き来するような村人もいます。その柔軟さは目を見張るものがあり、村人からは尊敬の眼差しで見られます。そのように、優秀な村人は役所からだけではなく村人からも認められるため、村の中で最も栄誉のある「APUな人」と呼ばれます。「APUっぽい人」は腐る程いる中でこの「APUな人」はFucking尊敬されます。
「それ以外の人たちもいるだろ?」って? 
 APU村に続く山道を途中で断念しちゃう人のことでしょう。村のサービスも使用せずにもったいない人々です。そういう人たちの多くは中央に見える噴水に飛び込むのが大好きな人たちです。そのような村人の姿は役所が発見し次第謎の失踪をとげます。
A「あいつ最近見ないね。」
B「そうだね。休学じゃね?」
こういう会話がリアルにあります。全て「休学じゃね?」でおさまります。Simpleですね。
 長々と色々書きましたが、まだ書けてないことはたくさんあります。APU生のボクがイメージするAPUはこんな感じです。
 なぜAPU「大学」としてではなく、「村」として表現したかと言うと、「その狭い村の中だけに居座り続けると、外のモノを知らなさ過ぎるよ。」ということを知って欲しかったからです。twitterにも書きましたが「APUは小さな地球かもしれないけど、小さな世界になっている。」ということです。これは完全に個人の経験から言えることで、ボクは途中で記述した「カエル」でした。可愛くないカエルでした。カエルのまま外の村に颯爽と村から出て行きました。出ていった瞬間に「ぶちゅっ!」っと踏んづけられてしまいました。めちゃめちゃ痛かったけど、今では良い経験だと言えるくらいに更生したつもりです。
 APUの恐ろしい欠点。それはAPUの中だけで満足させ過ぎて、本当の意味での外を見せることを怠っていること。見た目から言わせてもらえば、「たくさん国際学生もいるしどちらかというと外見せまくってるだろ!」って気がしますが、もっと社会に対してアプローチしていく学生が増えても良いんじゃないかと思います。学生の考えが「APUで〇〇をやろう!」とか「私はAPUで〇〇をやった!」に偏り過ぎています。本当に必要なのは「APUから社会に〇〇をやろう!」とか「私は社会に対して〇〇したぞ!」というもっと大きな視野ではないのでしょうか?「APUで成功したから他でも通用する。」なんて考えてたら間違いなく足をすくわれます。そんなに甘くないです。
 そんなAPUの中にも自分自身に甘んじることなくちゃんと「外を知ろう!」としている人たちもたくさんいます。本当にあれです。Fucking尊敬します。そのような自分たち自身を客観的に見る視線こそ今のAPU生には必要なんでは無いでしょうか?
 でもボクはそんな悪い面も良い面も持ち合わせたAPUが大好きです。この良さはAPU生のみぞ知っていることだと思います。胸を張って自慢できる大学に通わせてもらっていると言えます。それはAPUを離れてさらに強まりました。
 ボクの復学は2013年の秋セメスターからです。もし、同じ時間を過ごすことが出来る方がいれば、よろしくお願いします。一緒にAPUをさらに盛り上げていきましょう!
佐賀という遠いド田舎から生意気な長文失礼いたしました。
 ちなみに。みなさんは「右翼」でしたか?「左翼」でしたか?ボクは完全に「右翼」でした!別にどちらとも批判しているわけではないので、あしからず。
*実際には「右翼」とか「左翼」とかそういう呼び方無いのでお気をつけて。流行らないかな?
APU 3回生 国際経営学部 深川謙蔵