2012年10月30日火曜日

美しい生活

 中学生くらいから服装をやたら気にするようになって、最初は姉の勧める服を着たりしていた。それと同時期くらいからファッション雑誌読むようになって、全然わからないのにモデルの着てる服装を見て『こういうの流行ってるんだ。値段・・・。高過ぎ・・・。』みたいなのの連続で、カッコイイ服を指を加えて眺めているだけだった。その時のモチベーションはただ単に『女子にモテたい!』とか『他の奴らよりイケてたい!』とかいうごく普通の理由で、それは正直あんまり変わってない。
 自分の将来とか考えると、職業どうこうと言うよりも、スマートなオッサンになりたいとしか思わない。自分の将来への理想像って人それぞれだと思うけど、個人的には人としてどうありたいかとかのほうがよっぽど重要。乞食でもちゃんと髭剃って綺麗な服着たいし、カップ麺とかばっか食べないで美味しいご飯を食べたいし、綺麗な家に住みたいとワガママながら思ってしまう。
 こういうことを重要視しながら職業を考えるとついつい『とりあえず金!!』ってなりがちだったんだけど、今はそうは思わない。それもFrancfrancで働いてみてわかったことで、それから一気に自分の中で考えが改まった。ブランドイメージとか企業イメージを大事にしていて、スタッフの人達はいつでも綺麗な身だしなみや言葉遣いを心がけなきゃいけないんだけど、それがもう体の芯から染み込んでいて本当に素晴らしいと思った。本当に素敵な職場だし会社。
 そういうの見ると服飾とか家具とか雑貨とか色んな小洒落たクリエイティブなものに溢れて仕事をするのが自分にとっても幸せだし、心地良いんだろうなって思う。でもまぁよく考えたら、そういう職業に就かなくとも自分の意識次第でそういう生活ってできるんだよなって書きながら気づいてしまった・・・。
 でもまぁ結婚してからもちゃんと歳相応の綺麗な格好していたいと心の底から思うわけです。休みの日はジャージとか、腹減ったらカップ麺、家も簡素とかそういうのはつまらない。そうやって常に自分を心地よくさせて、奮い立たせてくれるような美しい生活ができるような大人になりたいな。

2012年10月13日土曜日

映画『Extremely Loud & Incredibly Close』を観て

 2012年初旬公開のこの映画。邦題は『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という一発で興味を引くタイトル。ポスターに映る少年が顔を手で覆っているのも印象的。なんと言っても監督が『愛を読む人』『リトルダンサー』スティーブン・ダルドリー。元々この作品は2005年に発表されたベストセラーを映画化したものらしい。
 主な内容は2001年9月11日に起きた世界貿易センタービル同時多発テロに巻き込まれて死んだ最愛の父の面影を追う少年のストーリー。その少年がふとした時に見つけた1つの鍵を中心にストーリーは動いていく。少しずつ父の面影に近づいては行くものの、それとは真逆に最愛の母との心の距離はどんどん広がっていく。時々胸に刺さるようなセリフが飛び出したり、少年の異常なまでに激しい感情の表現など、痛ましいシーンも多々ある。しかし、その中にフフッと笑えるようなシーンも盛りこんである。あんまり書きすぎるとネタバレになっちゃうのでここらへんで。
 感想としては、久々に良い映画観たなという感じがした。凄く感情表現が奇抜なんだけど、愛くるしい少年の姿に何度も心を打たれた。お互いに感じる心の距離に悩む母と子の姿に苦しみながらも、実はどこかお互いを気遣っている様子などから感じられる、父を失った息子と夫を失った母の強い心の繋がりがとても印象的で良かった。もう一度観てみたい映画の内の一つです。


2012年10月9日火曜日

久々の一歩で見えた世界

なんか最近パパパッと思いついたことをパパパッと書いてみようと思う。

1.『堕落した生活に何か変化を!』と思って久々に自分からアクションを起こそうと思い、パッと思いついたのが『働く』ってこと。とりあえず身体動かしたいってのが一番の理由。VISA(学生ビザ)の関係上給与を受け取る事は違法なので、無給で働くことを条件に働かさせていただくことに。お客さんも同僚もみんな外国人だから常に英語。ウェイター英語だから簡単な英語かもしれないけど、英語を日常的に話すことで得られる反射神経とか外国人に対する抵抗感とかまぁ色々なんか鍛えられそうです。
 
2. 大学にいた時は『なんかしなきゃ!とりあえず経験!』ってのが常に頭の中にあって、学内の色んな団体とかサークルに参加して学年とか関係なく色んな人と会って話したりしてた。それを通して自分の中に少しずつ蓄積されている感が心地良かった。まぁ端から見たら典型的なAPU生って感じだったと思う。でもまぁ今考えてみるとあれはあれで楽しかったし人脈も広げられたし良かったなぁと思う反面、何も一貫性が無いということを実感。だから今はもう『とりあえず経験!』ってのはもう止めにして、自分の枠を決めて一歩ずつ歩き出すべき時期なのかなと思う最近です。別にそれに気づく時期に早い遅いは無いから、人それぞれで良いと思う。まぁ今はそれを少しずつ勉強している最中なのでスゲェ楽しいしワクワクする。久々に『生きてる!』って感じがして気持ちいい。

3. 「2」の『生きてる!』ってやつに関連したことを。今のバイト先のオーナーさんとかすっごく自由だし、ボクにはできないことやってる感が見てて面白いし話聞いてても面白い。バイト先では「ジャミング」って言って、ギターとかベース好きな人がその場のメンツで即興バンド組んでBGM代わりに演奏したりするんだけど、ただの演奏じゃなかった。もちろん演奏してる音楽は「ハード・ロック!ロックン・ロール!」ってわけじゃなくてゆったりしたアコースティック系でメッチャ癒される。(バイト先寿司屋)その演奏を聴いて最初に思ったのが、みんなすっごく生き生きしてるなって。みんなニコニコしながら好きなように演奏して、「おれ超楽しい!メッチャ気持ちいい!生きてる!」って感じがメッチャ伝わってきて、聴いてるだけで笑顔になれた。音楽やってる人やっぱカッコイイね。

4. 新しく一歩踏み出すと次の一歩が出やすくなるし、応援してくれる人に出会える。



『4』を久々実感できたのが一番嬉しい。


2012年10月2日火曜日

映画『Real Steel』を観て

 2011年公開のこの映画、主演はみんな大好きX-MENシリーズでもお馴染みのHugh Jackman(ヒュー・ジャックマン)。今回で観るのは2回目だったんだけど、普通に泣けた。久々に観た父と子の友情?家族愛?的な映画で最初は凄い抵抗あったんだけど、気づけば完全にのめり込んで観てた。この映画を観る度に、昔親父とキャッチボールしたりしてた頃を思い出す。あの頃は深く考えなかったけど、親子愛っていうのは本当に素晴らしいものだなぁと。家族を持つようになったら、自分が親から受けた精一杯の愛情を自分の子供に注ぎ込んであげたいなと思わせられた映画でした。
 どんな映画観る時でも、登場人物の国籍(見た目とか)はすっごく気になる。今回の『Real Steel』でいうと、最初に出てくるロボットは日本製で、日本語で操作する場面もあって、「Japan = Technology」 っていう印象が未だに強いんだろうなぁと。そのロボットの設計者かつ、最後の敵の設計者でもある「タク・マシド」っていう如何にも日本人臭がするネーミング。その他にも、途中で登場する双頭のロボットの操縦者は如何にも中国人。途中でマシーンがバグっちゃうんだけど、こういうところで「Made in China. はまだまだ安心できません!」って中国disってんのかなとか思ったり思わなかったり。色んな映画見ててもあからさまにdisってる映画あるので、そういうところでまた違った観方ができておもしろいのでぜひ!


2012年9月30日日曜日

映画『50/50』を観て

 ずっとサボっていた映画の書評という程でもないが、それっぽいことを久しぶりに再開したいと思う。感動的な映画も悲しい映画もこわぁーい映画もつまんない映画もワクワクする映画も、観てる人によって観方はほとんど違うので暇な時に映画を探す手助けになればと。

 今回観た映画は2011年公開の『50/50』。先日こっちの友人から一緒に観ようと言われたが、都合が合わなかったので1人で観た。大雑把に内容をまとめると、癌に侵された主人公のガン宣告から最後の手術に至るまでの間の主人公の身の回りの変化と、それに伴う心情の変化を、面白おかしく描きつつも、時には少しシビアな面も入れつつと言った感じ。単調なリズムで映画は進むのだが、刻一刻と『死』が近づいてくる主人公の気持ちが全面に溢れ出るシーンもあり、観ている人の感情を凄くそそる映画だと思った。久しぶりに病魔に侵された人を題材とした映画を観たので、心苦しい場面では胸が痛かった。ネタバレになっちゃうけど、最後の最後のシーンで主人公が見せる笑顔がとても印象的で、悲しい気持ちを一気に吹っ飛ばしてくれる。『この続きはご想像ください。』とも言わんばかりのラストシーンは、ありきたりの演出なんだけど、僕には幸せそうな主人公の姿が見えた。そういう面も含めて色々と楽しめた映画でした。


 
 

2012年9月21日金曜日

One More Time


 毎年増える蝋燭の数。歳を重ねる喜びとは裏腹に、蝋燭に灯った火を消す度に目には見えない何かも一緒に消え去っているような気がする。人生の節目となる20歳を迎えたのは2年前のこと。皆、幼い頃に抱いていた『20歳』というイメージと照らし合わせたと思う。気づけばボクも今年で22歳。将来に描いた理想の自分への軌跡を、しっかりと一歩一歩踏み出せているのかは正直自分でもわからない。しかし時間だけは刻々と過ぎて行くわけで、時の流れには誰も抗うことはできない。
 APUを離れて早くも1年。様々なことを経験する中で、得たモノもあれば失ったモノもある。0から1の人間関係を作り上げることは思った以上に難しく、自分の無力さを思い知らされた。休学して3ヶ月が経った頃だっただろうか、久々に会う友人や先輩に『なんか落ちついたね。』と言われたのは。自分では何の自覚も無かったのだが、休学する前のボクは刺々しくて見てもいられないような存在だったらしい。その時の気持ちとしては、恥ずかしい思いもあったが、喜ばしく思える小さな進歩だと思っていた。
 そんなこともすっかり忘れて、気づけば憧れの土地マルタ。夢にまで描いた留学生活、初めての海外での一人暮らし。目に映るモノ全てが新鮮で、何もかもが刺激的だった。一日のタスクをきちんとこなしていたのは最初の頃の話で、マルタでの生活に慣れてくると周りの友人達に流されて、色んな事を先延ばしにし、堕落している自分の姿が目につくようになり始めた。『まぁなんとかなる。』と、どこか高をくくっていた自分が本当に情けない。
 堕落した生活を送る自分の姿とは違い、TwitterやFacebookで見かける同期や後輩たちの何事に対しても貪欲な姿勢を見ていて、『おれも落ち着いたな。』と思っていた。でもこの『落ち着く』とは何なのだろうか?昔から『落ち着きのある人』への憧れは強く、それが自分の理想像でもあった。しかし、ボクは意味を履き違えていたようだ。ボクは決して落ち着いているわけではなく、休学する前のあの貪欲な姿勢を忘れてしまっていただけだった。簡単に言うと、何事に対しても興味が無くなってしまったのだ。これ程までに悲しいことは無い。

    1年間の休学生活の中で、一番失ってはいけない貪欲な姿勢を失っていた。

 あの熱苦しくも居心地が良い仲間たちとの思い出がはるか昔のことのよう。APUという環境がそうさせるのであろう、誰もが自由気ままに闊歩するキャンパスに早く帰りたい気持ちでいっぱいになった。しかしボクにはまだ2ヶ月半留学生活が残されているわけで、今ここでできる最大限のことをしながら、少しずつあの頃の貪欲な姿勢を取り戻していこうと思う。という書留。
 

2012年7月23日月曜日

I am an Alien.


 毎週末に訪れる別れの瞬間。友人との別れを惜しむこの瞬間も、徐々に慣れつつある。旅立つ友人のことを思うと、できるだけ長い時間を共に過ごしたいと思う反面、自分のやるべきこととの間の葛藤に苦しむ昨今、頭から離れない疑問がある。
          『何を求めて日本を離れたんだろうか?』
 正直な話、初めから留学の第1の目的は語学力の向上ではなく、1人日本を離れて知らない国で生活することだった。APUのような「国際的な環境」と言われる環境でも学べることはたくさんある。確かにそれは事実だが、日本を飛び出してみて初めて気づくこともたくさんある。
 言うまでもなく、ボクは今圧倒的にマイノリティな環境の中で生活している。クラスメイトはみんな欧米人。アジア人1人で欧米人10人近くで遊ぶことも稀ではない。育ってきた環境が全く違うし、宗教も違ければ、人生観も圧倒的に違う。ボクのこのブログで良く取り上げるのはこの「人生観」についてである。こっちに来たての頃にまとめた記事でも取り上げたように、欧米人の人生観というのはとてもシンプルで、一言で表すなら “It’s my life.” と言った感じである。比較的この楽観的な考え方は好きなのだが、たまに理解に苦しむこともある。今回はその経験を通して考えたことを自戒の意味も込めてまとめたいと思う。
 ボクの周りの友人の多くは、インターンシップをしたり、バイトとしてホテルで働いている人が多い。職種は主にホテルや語学学校のスタッフなどである。そういう人達は、マルタに来る前に自らその枠に応募して、許可を得たうえでマルタに来ている。しかし中には、契約期間があるにも関わらず、仕事量と給料が割に合わないという理由で、契約を途中で大幅に短縮して早々と国に帰って行く人も珍しくない。この状況、まず日本ではありえない。
 契約が決まっているのなら、きちんとその期間を全うするのが責務だし、それが働くものとしても責任だと思う。だからボクは、この考えには納得が行かなかったし、ただの甘えだと思っていた。後から聞いてみると、欧米ではそういうのはザラにあって、雇用主よりも労働者の方が権力を持っているらしく、無理に引き止めたりすると訴訟問題になり兼ねないらしい。もちろん雇用主が大損して終わることが大半。
 でも今振り返って見ると悔しいが、この感情こそがボクの中に根付いた日本人としての意識なんだと思う。
               『我慢すること』
 これはボクたち日本人が幼い時から教育されてきたこと。「今は大変かもしれないかもしれないけれど、我慢していればいつかきっと良いことがある。」ずっとそう教わってきた。それが今の日本社会に根付いているのは言うまでも無い。今日本で話題になっているイジメ問題もそう。確かに我慢強い人間は心の広い人間になることができるかもしれない。でも「我慢すること」が美徳として捉えられ過ぎている。日本が抱える自殺とか過労死の問題も結局はここに繋がってるんじゃないかな。
 そういう問題を抱える日本を見ながら、この環境で生活していると、欧米人のような楽観的な思想への憧れを抱いている自分がいる。しかし、急にそうはなれない気がする。結局は自分に合った生き方っていうのを自分の中で決めることができれば良いんだけど、今の日本社会が簡単にそうさせてはくれない。みんなが好きなことしながら生きていける世の中なんて夢の様な話だけど、そういう社会がいずれ訪れてくれるんじゃないかと、これからの時代を生きる1人の日本人として淡い期待を寄せている。
 話が逸れてしまったが、ボクが『日本を離れた理由』っていうのはこういうところにあるんじゃないかな。TOEICやTOEFLの点数だけを劇的に伸ばしたいなら、海外に来る必要は全く無いし、英会話が上達したいのなら駅前留学に行けば良い。そんなのじゃなくて、留学の醍醐味っていうのは、今までの常識が覆される中で、いかに自分で考え、その環境に適応していくかにあるとボクは思う。この興奮は一度覚えると病みつきになる。
 自分の考えがドンドン変わっていくこの感覚を、一度味わってみてはいかがだろうか。