なんか最近パパパッと思いついたことをパパパッと書いてみようと思う。
1.『堕落した生活に何か変化を!』と思って久々に自分からアクションを起こそうと思い、パッと思いついたのが『働く』ってこと。とりあえず身体動かしたいってのが一番の理由。VISA(学生ビザ)の関係上給与を受け取る事は違法なので、無給で働くことを条件に働かさせていただくことに。お客さんも同僚もみんな外国人だから常に英語。ウェイター英語だから簡単な英語かもしれないけど、英語を日常的に話すことで得られる反射神経とか外国人に対する抵抗感とかまぁ色々なんか鍛えられそうです。
2. 大学にいた時は『なんかしなきゃ!とりあえず経験!』ってのが常に頭の中にあって、学内の色んな団体とかサークルに参加して学年とか関係なく色んな人と会って話したりしてた。それを通して自分の中に少しずつ蓄積されている感が心地良かった。まぁ端から見たら典型的なAPU生って感じだったと思う。でもまぁ今考えてみるとあれはあれで楽しかったし人脈も広げられたし良かったなぁと思う反面、何も一貫性が無いということを実感。だから今はもう『とりあえず経験!』ってのはもう止めにして、自分の枠を決めて一歩ずつ歩き出すべき時期なのかなと思う最近です。別にそれに気づく時期に早い遅いは無いから、人それぞれで良いと思う。まぁ今はそれを少しずつ勉強している最中なのでスゲェ楽しいしワクワクする。久々に『生きてる!』って感じがして気持ちいい。
3. 「2」の『生きてる!』ってやつに関連したことを。今のバイト先のオーナーさんとかすっごく自由だし、ボクにはできないことやってる感が見てて面白いし話聞いてても面白い。バイト先では「ジャミング」って言って、ギターとかベース好きな人がその場のメンツで即興バンド組んでBGM代わりに演奏したりするんだけど、ただの演奏じゃなかった。もちろん演奏してる音楽は「ハード・ロック!ロックン・ロール!」ってわけじゃなくてゆったりしたアコースティック系でメッチャ癒される。(バイト先寿司屋)その演奏を聴いて最初に思ったのが、みんなすっごく生き生きしてるなって。みんなニコニコしながら好きなように演奏して、「おれ超楽しい!メッチャ気持ちいい!生きてる!」って感じがメッチャ伝わってきて、聴いてるだけで笑顔になれた。音楽やってる人やっぱカッコイイね。
4. 新しく一歩踏み出すと次の一歩が出やすくなるし、応援してくれる人に出会える。
『4』を久々実感できたのが一番嬉しい。
2012年10月9日火曜日
2012年10月2日火曜日
映画『Real Steel』を観て
2011年公開のこの映画、主演はみんな大好きX-MENシリーズでもお馴染みのHugh Jackman(ヒュー・ジャックマン)。今回で観るのは2回目だったんだけど、普通に泣けた。久々に観た父と子の友情?家族愛?的な映画で最初は凄い抵抗あったんだけど、気づけば完全にのめり込んで観てた。この映画を観る度に、昔親父とキャッチボールしたりしてた頃を思い出す。あの頃は深く考えなかったけど、親子愛っていうのは本当に素晴らしいものだなぁと。家族を持つようになったら、自分が親から受けた精一杯の愛情を自分の子供に注ぎ込んであげたいなと思わせられた映画でした。
どんな映画観る時でも、登場人物の国籍(見た目とか)はすっごく気になる。今回の『Real Steel』でいうと、最初に出てくるロボットは日本製で、日本語で操作する場面もあって、「Japan = Technology」 っていう印象が未だに強いんだろうなぁと。そのロボットの設計者かつ、最後の敵の設計者でもある「タク・マシド」っていう如何にも日本人臭がするネーミング。その他にも、途中で登場する双頭のロボットの操縦者は如何にも中国人。途中でマシーンがバグっちゃうんだけど、こういうところで「Made in China. はまだまだ安心できません!」って中国disってんのかなとか思ったり思わなかったり。色んな映画見ててもあからさまにdisってる映画あるので、そういうところでまた違った観方ができておもしろいのでぜひ!
どんな映画観る時でも、登場人物の国籍(見た目とか)はすっごく気になる。今回の『Real Steel』でいうと、最初に出てくるロボットは日本製で、日本語で操作する場面もあって、「Japan = Technology」 っていう印象が未だに強いんだろうなぁと。そのロボットの設計者かつ、最後の敵の設計者でもある「タク・マシド」っていう如何にも日本人臭がするネーミング。その他にも、途中で登場する双頭のロボットの操縦者は如何にも中国人。途中でマシーンがバグっちゃうんだけど、こういうところで「Made in China. はまだまだ安心できません!」って中国disってんのかなとか思ったり思わなかったり。色んな映画見ててもあからさまにdisってる映画あるので、そういうところでまた違った観方ができておもしろいのでぜひ!
2012年9月30日日曜日
映画『50/50』を観て
ずっとサボっていた映画の書評という程でもないが、それっぽいことを久しぶりに再開したいと思う。感動的な映画も悲しい映画もこわぁーい映画もつまんない映画もワクワクする映画も、観てる人によって観方はほとんど違うので暇な時に映画を探す手助けになればと。
今回観た映画は2011年公開の『50/50』。先日こっちの友人から一緒に観ようと言われたが、都合が合わなかったので1人で観た。大雑把に内容をまとめると、癌に侵された主人公のガン宣告から最後の手術に至るまでの間の主人公の身の回りの変化と、それに伴う心情の変化を、面白おかしく描きつつも、時には少しシビアな面も入れつつと言った感じ。単調なリズムで映画は進むのだが、刻一刻と『死』が近づいてくる主人公の気持ちが全面に溢れ出るシーンもあり、観ている人の感情を凄くそそる映画だと思った。久しぶりに病魔に侵された人を題材とした映画を観たので、心苦しい場面では胸が痛かった。ネタバレになっちゃうけど、最後の最後のシーンで主人公が見せる笑顔がとても印象的で、悲しい気持ちを一気に吹っ飛ばしてくれる。『この続きはご想像ください。』とも言わんばかりのラストシーンは、ありきたりの演出なんだけど、僕には幸せそうな主人公の姿が見えた。そういう面も含めて色々と楽しめた映画でした。
今回観た映画は2011年公開の『50/50』。先日こっちの友人から一緒に観ようと言われたが、都合が合わなかったので1人で観た。大雑把に内容をまとめると、癌に侵された主人公のガン宣告から最後の手術に至るまでの間の主人公の身の回りの変化と、それに伴う心情の変化を、面白おかしく描きつつも、時には少しシビアな面も入れつつと言った感じ。単調なリズムで映画は進むのだが、刻一刻と『死』が近づいてくる主人公の気持ちが全面に溢れ出るシーンもあり、観ている人の感情を凄くそそる映画だと思った。久しぶりに病魔に侵された人を題材とした映画を観たので、心苦しい場面では胸が痛かった。ネタバレになっちゃうけど、最後の最後のシーンで主人公が見せる笑顔がとても印象的で、悲しい気持ちを一気に吹っ飛ばしてくれる。『この続きはご想像ください。』とも言わんばかりのラストシーンは、ありきたりの演出なんだけど、僕には幸せそうな主人公の姿が見えた。そういう面も含めて色々と楽しめた映画でした。
2012年9月21日金曜日
One More Time
毎年増える蝋燭の数。歳を重ねる喜びとは裏腹に、蝋燭に灯った火を消す度に目には見えない何かも一緒に消え去っているような気がする。人生の節目となる20歳を迎えたのは2年前のこと。皆、幼い頃に抱いていた『20歳』というイメージと照らし合わせたと思う。気づけばボクも今年で22歳。将来に描いた理想の自分への軌跡を、しっかりと一歩一歩踏み出せているのかは正直自分でもわからない。しかし時間だけは刻々と過ぎて行くわけで、時の流れには誰も抗うことはできない。
APUを離れて早くも1年。様々なことを経験する中で、得たモノもあれば失ったモノもある。0から1の人間関係を作り上げることは思った以上に難しく、自分の無力さを思い知らされた。休学して3ヶ月が経った頃だっただろうか、久々に会う友人や先輩に『なんか落ちついたね。』と言われたのは。自分では何の自覚も無かったのだが、休学する前のボクは刺々しくて見てもいられないような存在だったらしい。その時の気持ちとしては、恥ずかしい思いもあったが、喜ばしく思える小さな進歩だと思っていた。
そんなこともすっかり忘れて、気づけば憧れの土地マルタ。夢にまで描いた留学生活、初めての海外での一人暮らし。目に映るモノ全てが新鮮で、何もかもが刺激的だった。一日のタスクをきちんとこなしていたのは最初の頃の話で、マルタでの生活に慣れてくると周りの友人達に流されて、色んな事を先延ばしにし、堕落している自分の姿が目につくようになり始めた。『まぁなんとかなる。』と、どこか高をくくっていた自分が本当に情けない。
堕落した生活を送る自分の姿とは違い、TwitterやFacebookで見かける同期や後輩たちの何事に対しても貪欲な姿勢を見ていて、『おれも落ち着いたな。』と思っていた。でもこの『落ち着く』とは何なのだろうか?昔から『落ち着きのある人』への憧れは強く、それが自分の理想像でもあった。しかし、ボクは意味を履き違えていたようだ。ボクは決して落ち着いているわけではなく、休学する前のあの貪欲な姿勢を忘れてしまっていただけだった。簡単に言うと、何事に対しても興味が無くなってしまったのだ。これ程までに悲しいことは無い。
1年間の休学生活の中で、一番失ってはいけない貪欲な姿勢を失っていた。
あの熱苦しくも居心地が良い仲間たちとの思い出がはるか昔のことのよう。APUという環境がそうさせるのであろう、誰もが自由気ままに闊歩するキャンパスに早く帰りたい気持ちでいっぱいになった。しかしボクにはまだ2ヶ月半留学生活が残されているわけで、今ここでできる最大限のことをしながら、少しずつあの頃の貪欲な姿勢を取り戻していこうと思う。という書留。
2012年7月23日月曜日
I am an Alien.
毎週末に訪れる別れの瞬間。友人との別れを惜しむこの瞬間も、徐々に慣れつつある。旅立つ友人のことを思うと、できるだけ長い時間を共に過ごしたいと思う反面、自分のやるべきこととの間の葛藤に苦しむ昨今、頭から離れない疑問がある。
『何を求めて日本を離れたんだろうか?』
正直な話、初めから留学の第1の目的は語学力の向上ではなく、1人日本を離れて知らない国で生活することだった。APUのような「国際的な環境」と言われる環境でも学べることはたくさんある。確かにそれは事実だが、日本を飛び出してみて初めて気づくこともたくさんある。
言うまでもなく、ボクは今圧倒的にマイノリティな環境の中で生活している。クラスメイトはみんな欧米人。アジア人1人で欧米人10人近くで遊ぶことも稀ではない。育ってきた環境が全く違うし、宗教も違ければ、人生観も圧倒的に違う。ボクのこのブログで良く取り上げるのはこの「人生観」についてである。こっちに来たての頃にまとめた記事でも取り上げたように、欧米人の人生観というのはとてもシンプルで、一言で表すなら “It’s my life.” と言った感じである。比較的この楽観的な考え方は好きなのだが、たまに理解に苦しむこともある。今回はその経験を通して考えたことを自戒の意味も込めてまとめたいと思う。
ボクの周りの友人の多くは、インターンシップをしたり、バイトとしてホテルで働いている人が多い。職種は主にホテルや語学学校のスタッフなどである。そういう人達は、マルタに来る前に自らその枠に応募して、許可を得たうえでマルタに来ている。しかし中には、契約期間があるにも関わらず、仕事量と給料が割に合わないという理由で、契約を途中で大幅に短縮して早々と国に帰って行く人も珍しくない。この状況、まず日本ではありえない。
契約が決まっているのなら、きちんとその期間を全うするのが責務だし、それが働くものとしても責任だと思う。だからボクは、この考えには納得が行かなかったし、ただの甘えだと思っていた。後から聞いてみると、欧米ではそういうのはザラにあって、雇用主よりも労働者の方が権力を持っているらしく、無理に引き止めたりすると訴訟問題になり兼ねないらしい。もちろん雇用主が大損して終わることが大半。
でも今振り返って見ると悔しいが、この感情こそがボクの中に根付いた日本人としての意識なんだと思う。
『我慢すること』
これはボクたち日本人が幼い時から教育されてきたこと。「今は大変かもしれないかもしれないけれど、我慢していればいつかきっと良いことがある。」ずっとそう教わってきた。それが今の日本社会に根付いているのは言うまでも無い。今日本で話題になっているイジメ問題もそう。確かに我慢強い人間は心の広い人間になることができるかもしれない。でも「我慢すること」が美徳として捉えられ過ぎている。日本が抱える自殺とか過労死の問題も結局はここに繋がってるんじゃないかな。
そういう問題を抱える日本を見ながら、この環境で生活していると、欧米人のような楽観的な思想への憧れを抱いている自分がいる。しかし、急にそうはなれない気がする。結局は自分に合った生き方っていうのを自分の中で決めることができれば良いんだけど、今の日本社会が簡単にそうさせてはくれない。みんなが好きなことしながら生きていける世の中なんて夢の様な話だけど、そういう社会がいずれ訪れてくれるんじゃないかと、これからの時代を生きる1人の日本人として淡い期待を寄せている。
話が逸れてしまったが、ボクが『日本を離れた理由』っていうのはこういうところにあるんじゃないかな。TOEICやTOEFLの点数だけを劇的に伸ばしたいなら、海外に来る必要は全く無いし、英会話が上達したいのなら駅前留学に行けば良い。そんなのじゃなくて、留学の醍醐味っていうのは、今までの常識が覆される中で、いかに自分で考え、その環境に適応していくかにあるとボクは思う。この興奮は一度覚えると病みつきになる。
自分の考えがドンドン変わっていくこの感覚を、一度味わってみてはいかがだろうか。
2012年6月30日土曜日
Too Much.
絵に描いたような碧々とした海と空に囲まれた小さな島国の住民となってから、早くも1ヶ月が経とうとしている。”Time flies.”とは言ったもので、もう1ヶ月も経ったのかと時の流れの早さを思い知らされている。マルタでの新生活にも少しずつ慣れ始め、美味い飯を求めて食べ歩きにも挑戦している昨今ですが、相変わらずバスの遅延が酷すぎることだけが納得がいかない。30〜40分待ちは当たり前。ホームステイ先に帰るための終バスが11時というまるで別府のような状況です。来週からは節約が強いられる生活のスタートとなりそうです。毎朝7:00起床で8:15には家を出て、30分の徒歩で学校へ。というような日本にいた時よりも数百倍健康的な生活を送っております。ホームステイ先で出る、美味しいけど量が “Too much.” な夕食たちを水で押し込む毎日が少々ストレスフルですが、それ以外は上手くやっています。友達もスグにでき、今は仲良しのイケメンのイタリア人Matteoとスイス人Vuliとランチを食べたり学校帰りに一緒にビーチへ行ったりパブにサッカー観に行ったりとまぁ楽しくやっています。
それにしても本当にやることが無い。「勉強しろよ!」と出国間際に死ぬほど色んな人から聞かされたので勉強はしているつもりですが、本当にやることが無い。8:45に授業が始まって、全部の授業が終わるのが12:15。その後は基本的にフリー。他の国に私費留学行ってる人たちも同じ状況なのかな?まさかこんなにも暇だとは思わなかったので、TOEICの勉強や読書とかネットをするなどして時間を過ごしています。そんな ” Too much.” な時間の中で考えたことを書いてみたいと思う。
学校の授業には、まぁ満足してはいるんですけど、正直、私費で語学留学を長期でしてまで海外で英語を勉強する必要あるのかな?って最近凄く思う。(こんなこと言ったら親に殺されるかもしれないけど。)別に日本国内でもAPUとかAIUとかICUとかの俗に言う「国際大学」って言われているような大学に行けば筆記能力だけでなく、会話能力も自分次第で最強に伸びると思う。別に国際大学じゃなくても国際学生がいる大学はたくさんあるわけだから、100%無理なわけじゃない。大学に限らず、中高で習った英語だけぶら下げて外国人がたくさん集まるようなパブとか呑み屋さん行けば自然と知り合える。駅前留学とかやろうと思えば国内で語学留学できる時代だからどんどん利用すればいいと思う。断然安上がりだし。会話能力だけならそれだけで事足りると思う。(簡単な日常会話で使う単語とか文法なら限られてるし。)英語もたくさん勉強すれば相手が言ってることもより深く理解できるし意見も伝えられる、スコア次第では大きな自信になる。海外に行かなくても日本国内だけでできることは腐る程ある。
でも、日本にいたらやりたいことが多過ぎてできない。まぁこんなの言い訳にしか過ぎないのかもしれないけど。友達と呑みに行きたい、旅行にも行きたい、彼女とも遊びたい、宿題もしなきゃ、バイトもある、毎週ジャンプ読みたい・・・。挙げたらキリがない。日本という国は幸か不幸かやりたいことややれることが身の回りに溢れている。今、「何がやりたいのかわからない。」っていう人たち(僕も含まれる)は「選択肢が多すぎて決められない。」と言った方が正しいんじゃないかと思う。凄く贅沢な悩みだけど、それ以上に苦しい。いっそのこと何の仕事をするか決まっている方が楽じゃないか・・・。とさえ思ってしまうこともあるけど、それじゃつまらない。そんな中で賢い人達はちゃんと取捨選択ができて、限られた時間の中で上手くやっているんだろうと思うと頭が上がらない。本当に凄ぇ。
【限られた時間で将来どうなりたいのかとかもちゃんと考えて地道に目の前のモノをこなして就職する。これを自分が満足いく形でできる人なんて日本でも本当に一部の人だけだ。】って最近までずっと思ってた。でもいざ海外で生活する中で色んな人と話す中で、「別に『◯歳までに定職に就かなきゃいけません!』なんて法律で決められてるわけじゃないしできるんなら好きなことトコトンやっていいじゃん!」っていう結論に至りました。
今までのおれの行動とか見てて言い訳だと思われても仕方がない。でも今しかできないんだよ。数年後には今の生活に 仕事とか家族とか色々と圧がかかり始める。だから今やりたいことだけやりまくろう!っていう考えじゃ無くて、今経験したことが後々圧がかかりはじめた時に選択肢の幅を拡げてくれると思ってる。それだけでも十分意味はあると思う。別にストレートで就職した人たちの視野が狭いとか言いたいわけじゃないから悪しからず。
今のボクにできることは勉強。さぁ頑張ろう。
2012年6月7日木曜日
GIFT
宿題やミーティングに追われる生活から離れ、自分のやりたいことだけをできる環境に身を置こうと決めてから早くも10ヶ月近く経とうとしている。僕は今、日本から遠く離れた地中海に浮かぶ小さな島で生活している。このマルタ共和国という国は、古く昔から色んな国からの侵略を受けた国であり、様々な文化の痕跡が多数残っている。
この国の人たちは、ゆるりと流れる時の中で、休みたい時は休み、泳ぎたい時には海に行き、騒ぎたい時は地元のパブに行って他国からの来客と呑み明かす、といったような自由気ままな生活を送っている。日本人のようにいつも何かに追われながら生活をしているのとはまるでわけが違う。そのおかげで今のような何不自由の無い生活をできているのは確かだが、このような世界を経験してしまうと、自分の将来にも疑問を感じ始めてしまう。
学校の授業で「ステレオタイプ(固定概念)」についてのディスカッションをした時に、外国人のクラスメイト全員から「日本人はたくさん働く。」「でも働き過ぎだ。」「誰のための人生だよ。」「自分の人生だろ。」と言われた。前から気付いてはいたが、直に言われると感じ方もまた違う。同じ学校の生徒が30代や40代の歳上の方ばかりなので、話していてとても面白い。
昨日の夜、クラスメイト達と呑みに行った時にハンガリー人の友達から面白い話を聞けたので、それを紹介したいと思う。30代半ばの彼は、仕事を辞めて色んな国を転々としている。「仕事どうすんの?」という問いにも「探せば見つかるよ。英語を話せた方が良い給料もらえるしな。」と話す。でも元々務めていた会社を辞めて今の生活を始めたのには理由があった。簡単に言うと、仕事に追われる生活に嫌気がさしていた時に出会った言葉があるらしい。その言葉に影響を受けて、そのように生きること決めたと言う。
” Today is a gift from yesterday, and gift to tomorrow.”
直訳すると「今日とは、昨日からの贈り物であり、明日への贈り物でもある。」である。解釈の仕方は人ぞれぞれだろうけど、彼曰く「昨日からもらった今日をおもいっきり楽しめば、明日にも良いものをあげることができるよ。それが繋がっていくんだ!ヒャッフー!」ということらしい。すごぉぉぉぉぉぉぉぉくシンプル!彼はハンガリーに帰ったら仕事を探すらしいが、全く心配しているような素振りは無かった。こんな素敵な話を聞いたら別に日本で就活する必要も無いじゃん!って思っちゃうよね。別に日本で絶対働かなきゃいけないなんてのは決まってないし。おもしろそうやん!この文章を読んで顔が引きつってる親の顔が浮かぶのでここら辺にしとこう。
話は戻ってマルタについて。4日間住んだ感想としては、この国に来て、大切な人と一緒に行きたいと思わない人はいない。 それが恋人や家族や友達であっても。「飯メッチャ美味い」「治安良い」「街並み一つ一つが絵になる」「人も優しい」「マルタ人は他のヨーロッパ人とのハーフばっかりだから可愛いしカッコ良い」「時間の流れがゆっくり」これ以外に何かいるかな?イタリアとかフランスの街並みには及ばないけど、白を基調とした石でできた軒並みは本当に綺麗。「空の色と海の色が同じなんてありえるのかよ!」って思ったけどガチでした。 協会とかは教科書から飛び出して来たようなものばかり。ヨーロッパのリゾート地だから外国人の対応にも凄く慣れてる。まだまだ挙げたり無いけど、みんながいつか来てくれるのを安くて美味いワイン抱えて待ってます!チャオ!
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