『この目で見てみたい。』というとても安易な理由で被災地を訪れたのは2年前の9月。目の前に広がった何も無い荒地。道路脇にはたくさんの瓦礫。街の中に突如現れる大きな漁船。TVでしか観なかった光景が目の前に広がっていた。
そんな状況にも関わらず震災の話を熱心にしてくれる地元の方々の姿に驚きながらも、さらにその地に根付いたコミュニティの力にも驚かされた。100世帯ほどあった街は全てを津波に流されたが、その地に根付いた郷土愛や、コミュニティは流すことができなかった。今自分の地元がそういう状況に陥った時に同じ事を感じることができるだろうか?
それから1度被災地へ行ったっきりで、自分から何かアクションを起こしたりもしなかった。でも、マルタに留学に行った際に、色んな国の人から震災のことについて聞かれた。中には日本全体が放射能によって汚染されていると思っている人もいた。その人が無知なだけなのかもしれないが、日本から遠く離れた他の国々では、そのような報道がされているところもあるのだろう。そりゃそうだ福島がどこかさえもわからないのだから。
震災の話は、よく授業のトピックとして挙げられることが多かった。その度に震災の様子や、その後の被災地の状況など事細かに聞かれた。その時は1人の日本人として試されているような感覚にも陥ったが、被災地を訪れた者として、海外の人にこの目で見たモノを伝えることができたのは嬉しかったし、行って良かったとも思った。
震災のことを授業で話したある日、英語の先生が『私も1人の被災者だ。』と言い出した。最初は聞き間違ったのかとも思ったが、確かにそう言った。先生曰く、数年前に先生宅にホームステイをしに来た日本人の男の子がいて、本物の家族のような仲だったらしい。
しかし、その日本人の男の子は2年前の震災で、津波に巻き込まれて亡くなってしまった。先生はとても楽しそうにその子との思い出を語ってくれた。そして最後に、『私には彼と一緒に撮った写真がある。それだけで幸せなの。』と言った。それを聞いたクラスメイト数名が泣いていた。
それを聞いた時、胸の中で熱く込み上げてくるものがあったが我慢したのを今でも覚えている。あんな日本から遠く離れた小さな島国でも悲しんでいる人がいるという事実に驚かされたし、日本人だけの問題じゃないんだなと思った。
だからなんなんだという話では無いが、これからも未来永劫とこの震災の話は語り継がれていくんだろうし、そうでなければいけない。しかし、ボク達が風化させてはいけないと思っても、被災者の方々の中にはそうは思っていない人もいるだろう。
亡くなった方々のためにというわけではないが、今を生きるボクたちにできることは、今自分たちにできることを一生懸命やっていくことなんだと思う。そんなことを考えた一日だった。さぁ、頑張ろう。
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