2013年8月28日水曜日

いま、まとめる。

 前のエントリーから結構時間が経った。その間にインターン2社目の御祈りを頂いたんだけど、全く悔しがらない自分に腹が立つ反面、自分の中で色々と考えがまとまりつつあるので、今の気持ちを書き留めたいと思う。(多分数カ月後にはまた変わってるかも)

 前から言っているように、インターンに応募したのは後輩の影響がすごく大きかった。インターン面白そうな企業を色々と紹介してくれるし、一緒にES考えたりと、久々に考えこむ感じが楽しかった。

 どこか自分に自信を取り戻していて、ESは通ると思った。確かにESは通った、でも結局は合格までは漕ぎ着けることが全くできなかった。(できていない。)それは色んな理由があるんだと思う。M家に関しては、全力出しきったから悔いは無いんだけど、向こうが求めてる基準っていうのが最後まで掴めなかった。濁に関しては、自分の本気度がまず足りないし、なんで広告志望なのかっていう理由が完全に不明確。単に、クリエィティブだしカッコイイし人の生活変えちゃうしで、本当に憧れ。そんなので受かるわけない。周りは本気。

 インターンをES書く段階から経験してみて、自分が興味がある分野と、そうじゃない分野がとても明確だった。M家は本気で行きたかった。ESもグループディスカッションもドキドキした。でも、他は正直「とりあえずインターン感」が否めなかったし、全く軸とか持たずにES出してた感がしっくり来なかった。途中から企業ウケ良さそうなことばっか書いてたし。

 先輩が「まだ選べる段階にいないんだからインターンは出すべき。」とおっしゃっていた。確かにそのとおりだと思うし、後輩にもずっと言われてた。それを思い出す度に「ES書かなきゃ。」と、変なスイッチが入る。「これでいいのかな?」と思いながら書いてた。でも自分の中で全く志望理由が定まっていない業界のインターンに応募するのは、半信半疑で気が進まない。意識の弱さと言われたけども、まぁそもそも意識が無かったんだろうな。

 いつしか「インターンに行くこと」が目標になりかけていて、その後のことは全く考えなくなっていた。それくらいのスタンスで参加すべきなのがインターンなのか、がむしゃらに取り組むべきなのがインターンなのか。そんなの正解不正解があるわけじゃないと思う。色んな理由で良いと思う。

 今回久しぶりに色んな失敗経験したことで、考えさせられることが多くて、もう一度本当に自分が何をしたいのか、どうなりたいのか、っていうところを一から考え直すことが出来て本当に良かった。

 毎回結局「良かった。」ばっか言っててアホみたいだな。

2013年8月8日木曜日

ごちゃごちゃ

 前回投稿した後に数社エントリーして、ESまで提出した。なんとかそこまでこぎ着けたのは良いけれど、なぜそこまでインターンに固執してるのかにも疑問が出てきた。後輩から勧められて始めたインターン。自分の中で上手く位置づけできていない。

 最近のことが影響しているのかはわからないが、休学中に経験したことが少しずつ揺らぎ始めている。そんなに弱いものだったのか。そんなに簡単に揺らいで良いものなのか。正直今はよくわからない。無駄に『社会』というものを意識しすぎて、『自分の意思』を無視している気がする。

 『自分が何をしたいのか』という疑問に、さらに『お金』や『地位』などがまとわりついてくる。全然振り切れてないし、突き抜けてない。こんなの休学前の自分じゃないか。何も変わってないのか。何がなんだかわからなくなる。

 話は変わって、先日、友人から『逆求人』への参加の紹介をいただいた。もちろん挑戦してみようと思い、参加を決意した。主催企業の担当者の方と話して、9月の本番にも参加できるようになったのは嬉しいけど、担当者の方と話す中で、色々と自分が逃げてきた部分が浮き彫りになった。それは嬉しかったし、辛くもある。

 興味がある業界に対する理由もあいまいだったのは、自分でも認識できた。でも、1番の気付きはこれ。

『色々自分からアクションを起こしたのは良いけど、結局ビジネスに繋がるものが何も無い。』

ということだった。確かに、今やっている『別府ごはん』も全くお金に繋げることは考えていない。こういうところ考えたらビジネスをするのにむいていないのかもね。まぁ、お金に繋げることが全てではないし、学生の内にビジネスをしなきゃいけないっていうのもなんかしっくりこない。

 まぁそういうところも色々考えながら、本番までに準備しないとな。興味ある企業が数社くるみたいだし、真剣にガチでやってみよう。今やれることを全力でするのが、今やるべきこと。




*読んでいただいた通り、全く何が言いたいのかわからないですね。今は、そういう状態です。ゴチャゴチャです。



2013年8月4日日曜日

やりなおし

 M家のインターンの最終選考結果は明日が締め切り。明日連絡無ければ、終わり。同じグループの子が、選考が終わった2日後くらいに電話鳴ってたみたいだからもうダメなのかもね。

 初めて選考とか行って、人事の人の前で色々グループワークとかやったんだけど、何をしたら正解とかあるんだろうか?きっと、あるんだろう。でも今は全然わかんない。テクニックも無いし、経験もない。

 いつも通りの感じでグループワークをやって、ダメならば、結局は合う合わないとか、縁の世界なのかな?そうやって色々と切り捨てて行かないと身がもたないな。今回3社ES出して、結果は全負け(かも)。たったそれだけでも気にし過ぎのせいか、次へのヤル気がなかなか出ない。この気持ちが負け癖をつけちゃう。

 他の人と比べるのは良くないんだろうけど、自分だけ結果出てないとそれはそれで焦るよね。でも、インターン受かってる子たちと自分を比べても、何を基準に比べれば良いのかもわかんない。ってことは、比べることは無駄なんだろうね。

 今朝までは、そのことが頭から離れなくてすごく落ち込んでたけれども、今は色々と結果を気にしないで出してみて、その感覚だけでも掴めればと切り替えることも出来た。家に帰って即効4〜5社エントリーして、ES考えてる。

 思えば、『今は選べる立場にいない。』って言ってた先輩を思い出した。まさにその通り。今は、失敗しながらも少しずつ感覚掴むのに精一杯。ここで経験した失敗は必ずどこかで役に立つと信じるしか今はできないね。

 また東京に行けるように頑張る!今は、それだけ。

2013年7月23日火曜日

TOKYO

−インターン−

 東京に行ってきた。自分には全く関係がないような気がしてならなかった「就活」に、意識が向き始めている。まず最初の一歩としての、インターン。後輩に半ば強引に勧められて少しずつESに取り組み始めて、いろんな自分が見えてくるし、まだまだ理想ばかり追いかけている自分の存在に気づく。上尾ありがとう。

 そんな心境で訪れた東京。説明会に行けば、「敵」とも「仲間」とも言える人達が目の前にいた。必死にメモを取る人もいれば、慣れた感じの人もいた。それぞれどのような意気込みでその会場にいるのかは知らないが、一応ちょっと手の込んだESを完成させて来ているのだから、遊びで来ている人はいなかっただろう。

 ものすごく地方出身者的な見解なんだけど、東京という地がそう感じさせるのか、みんな雑誌から飛び出してきたようなTHE 大学生というような雰囲気をまとっているように感じた。APUでは中々見ないような、何か落ち着きを放った学生が凄く多かった印象。

 変な殺気のような、ガツガツした感じも全く見受けられなかった。初めてそのような(インターン参加を目指して共に競う)人たちを目の当たりにして、自分の中で就活スイッチが入った。

 説明会の後に受けたSPIでは、自分の力の無さに唖然となった。TOEIC、SPI、etcと課題は山積みだ・・・。これをどれだけ夏休みに克服できるかが大きな分かれ道になるだろう。「このままでもどこか自分を受け入れてくれる企業はあるだろう。」という根拠のない自信だけは満ち溢れているが、本当に自分が働きたい企業があるのならば、その目標に向かって努力するのみ。

 このようなことに気づけただけでも、今回東京を訪れたことは本当に大きな意味があったと思う。運良くESはパスして、最終の2次選考まで進めたので、また東京へ向かうことに。やれるだけのことはやる。ただそれだけ。やらない後悔はしない。


−溢れかえる選択肢の中で−

 毎回東京に行く度に感じること。それは選択肢の多さだ。新宿駅東口を出れば、目の前には飲食店の入ったビルが立ち並ぶ。どこでもあるようなチェーン店ばかりかとおもいきや、たまに小洒落たお店も目に入る。これは飲食店に関したことだけではなく、全てのことにおいて言える。

 ボクは別府に住んでいるので、そんなに選択肢に困ったことも無い。ただ、自分の中で、「せっかく別府にいるんだし、チェーン店は避けよう。」という気持ちが大部分を占めていた。それが決して間違った選択ではないと思うが、その地その地に、適した生き方がある。

 じゃぁ、東京の人は、どうやって溢れかえった選択肢の中で、一つのものを選択しながら生きているのか?これはご飯屋さんに関して特化して言えることだと思うが、ボクが思うに、東京の人は何を選択しようが、そんなに期待してないんだと思う。悪い言い方をすれば、「無関心」。良い言い方をすれば、「器用」。

 東京の人たちは、器用なことに、どの場所に行っても楽しむことができるんだと思う。その場に適した対応もできるし、楽しみ方を知っているから、そういうことを全く知らないボクたち地方出身者からしたら、非常に羨ましい。

 そりゃあんだけ人も物も情報も、何もかもが溢れかえった場所で長く生活すれば、必然的にセンスも磨かれるし、楽しみ方も覚えていくんだろう。その場その場の自分を演じながら、最大限に楽しむ。そういうことから、東京の人のあの余裕は生まれるんだろうな。

吉野家の日もあれば、高級懐石料理の日もある。
ファミレスの日もあれば、高級イタリアンの日もある。
飲み放題の日もあれば、BARでしんみりと好きなお酒を嗜む日もある。

そうやってセンスは、身についていく。

2013年7月10日水曜日

きえるか、のこるか。

インターン
最近というと、後輩に背中を押されながら、今まで全く挑戦して来なかったサマーインターンシップのESに追われている。主に広告とIT。この2つの業界はやってること全く異なるってよく言われるんだけど、業界どうこうよりも、ただ単に好きだから応募してる。

 なおすけさんが上尾に言っていたように、「まだ会社を選べる立場にいないんだから色んな企業のインターンに挑戦してみること。」が本当に大事だと思う。他人ごとじゃない気がして、自分自身奮い立たされた。

 ESの種類も様々で、クリエイティブ性が求められるところもあれば、至って普通な企業も多い(大抵こういう場合は学歴フィルターかかってると考えがち。)。ES書いている度に、TOEICの点数をちゃんと出さないとなぁと思う。夏休みが勝負。SPIも。

 そういう数値化して表すこともすごく大事なんだけど、1番考えるのは、『なんでその企業なのか。』ということ。業界とか職種に関しては、理由は明確なんだけど、なんでその企業なのかってツッコまれるとめちゃくちゃ弱い。

 1,2社くらいしか明確な志望理由が浮かばない。他の企業に関しては完全に後付になってる。それは自分の企業分析不足という一言に尽きるんだと思う。何をやってる企業なのか、どういう理念で動いていて、今までどうやって生き残ってきたのか。調べることは山ほどある。

 今1番ガチでやろうと思ってるESはミキハウスのES。ミキハウスの事業内容とは大きく関係はしないんだけど、インターンでは、グローバルな環境で学んで成長するっていうことを目的としてやっていて、ものすごく魅力的。まず海外研修があるのが1番の魅力。わざわざ東京まで行くんだし、これは本気で受かりたい。

バイト
ついに重い腰を上げてバイト開始。3年前に働いていた、ABC-MARTでまたお世話になることになりました。3年も経って、色々経験したからか、働き方に明らかに変化がある。ちゃんと楽しめている。職場の人や、お客さんとのコミュニケーションも前に比べてかなり円滑に気持ちよく行えてると思う。そのおかげか、個人売上が物凄くいい。

 きちんと結果を出せば、周りの反応も見ることができるし、自分の存在意義を確認することができる。それができるかできないかって大きな違いだと思う。前の寿司屋ではそれができなかった。誰でも良いような感じが本当に辛かった。

 たかがバイト、されどバイト。目的意識を持ってやれば、こうも世界が変わる。雇う側も働く側も、お互いのことを尊重し合えば、気持ちのよい環境が生まれる。そこから生まれるハッピーがお客さんに伝われば、商品価値を越える付加価値がそこで生まれて、より一層の購買につながる。

別府ごはん。
初めて自分で1から何か始めてみようと思ったこと。でも、色々考えて断念しかけている。緩い感じで計画してたが、考えれば考える程、悪い結果が目に見えている。まず始めたとして、それが残り続ける価値はあるのか。単発的なものならそれで割り切れば良い。でも、なんとか形として残したいっていうワガママもある。この企画は必ずどんな形ででも実現させるつもり。たとえ短い単発モノになったとしても。






『東京の人の味が濃いのは、働き者だから。』 by 池波正太郎

2013年6月19日水曜日

いん・あうと・ぷっと

 第2Qが始まって、大して忙しいようなこともなく、ただ過ぎていく日々をのうのうと過ごす日々。後輩たちが一生懸命学生生活の振り返りを発表するプレゼン大会にも観客として参加し、2年前にその舞台に立っていた自分の姿と重ねあわせては、自分が成長したのかどうかと自問自答を続ける。その場に立ってキラキラとしていた後輩たちの姿を見ると、心のなかでふつふつと熱いものが込み上げてきた。

 今の自分自身、どのように成長したら良いのか。もちろん課題は山積みだ。TOEICもSPIもしなければならない。でも、人としてや、物事への考え方などを叩きこんでくれるような目上の方の存在も乏しい。目上の方に限定するから悪いのかもしれない。もちろん後輩から学ぶことも多々なのだが、目上の方の後を着きまとって学ぶことのほうが性に合う。

 復学してからは完全にアウトプットの数のほうが多いし、自分としてもすごく楽。でもその分楽しさは少ない。今僕が欲しているのは、大々的にアウトプットするような場ではなく、僕の前提を全て覆してくれるような強烈なインプット。基本的に本を読みながらアウトプットを行うのだが、読む本も偏ってきていて、自分の中で衝撃的な発見があるような本と出会うことも珍しい。

 そういう経験をするためにも今は自分で人を探さなきゃいけない。呼ばれた呑み会には必ず参加し、色んな人と話してみる。最初は苦手に思っていた場でも、案外溶け込めて新しい出会いに一喜一憂することもある。

 また振り出しからスタートだ。1回生の時にどんな呑み会にでも顔を出していたように、色んな人と出会う時だ。知らない人も沢山いる。その分可能性がある。ジッとしてては何も変わらない。自分から動かなければ。

 今日参加した飲み会で面白い出会いがあって、面白い話もできた。久しぶりの感覚でとても嬉しかったし心地よかった。新しいキッカケももらった。後は自分でどうするかだけ。自分の道は自分で作る。動ける時に動く。



最後に、今日読み終わった本で、面白い部分があったので紹介します。

「『肉体性』とは、自分の身体で感じたことに正直に生きるということ。」

今の時代に合った言葉でいうと、「当事者意識」というんだろう。商売人で言ったら、自分の好きなものしか売らないといった、周りに何も影響されない自分だけの価値観で商売を行う。前に上尾が言ってたのはこのことなんだと納得。ものすごく、格好良い。


2013年6月11日火曜日

おとな

 先週末は祖母の7回忌ということもあり、久しぶりに実家に帰省。約3ヶ月ぶりの帰省ということもあって、会いたい人もいれば、やりたいこともあった。

 帰省してスグにバイト先のイタリアンレストランへ友人を連れて訪問した。休学中にお世話になったオーナーの誕生日祝いを渡していなかったので、酒のコタニで買った芋焼酎を渡した。日頃感謝の気持ちを表す機会などそうそう無いので、こういう機会にきちんと返さなければ。

 相変わらずとびきり美味いピザに舌鼓を打ち、久しぶりに会った友人たちと近況報告などの会話を楽しんだ。みんな各々の目標に向けて頑張っているようで、僕自身も負けてられないと、刺激をもらった。

 翌日は朝からドタバタ。朝から久しぶりに愛犬たちと庭で遊び、日頃なまった身体を動かせて嬉しそうな姿を見るとこっちまで元気が湧いてくる。実際、実家に帰る1つのたのしみでもあったりする。その後は庭の芝刈りをして、7回忌に備える。

 1冊の本に出会ってから帰省した際には必ず行くようになった墓参り。ちょうど実家から歩いて10分くらいのところに墓があるので、散歩がてら行く。墓参りに行くようになったのは、その本の影響というのもあるんだけど、1番は自分自身が『大人』だと意識し始めたから。まだ大学生で親に心配ばかりかけている分際で『大人』になったなど早過ぎるという人もいるだろう。

 でも僕は、その人が自分自信を『大人』だと思った瞬間から、『大人』なんだと思う。そう思うキッカケや、基準って人それぞれだろうし、それでいいと思う。俗にいう二十歳を超えたら大人っていうのも納得できるし、その前からそう感じてる人もいるだろう。

 『大人』になるって、一種の人生の中での区切りだし、小さい頃からの憧れでもある。正直自分でもいつからが『大人』っていう区切りなのかハッキリしないし、そういうのがあるのかもわかんない。

 『ちゃんと墓参りするのが大人』っていうわけではないんだけど、自分の中でそれくらいのことはしておきたいなっていうのはある。宗教心が強いわけではないんだけど、墓参りするとなんかここぞでパワーをもらえる気がする。必ずどっかで心の支えになってる。

 自分で自分を大人だと思い始めても、親から見たらまだまだ子供なんだろうなと思うと、人って皆、いつまでも子供なのかなとか思ったり思わなかったり。