2013年4月26日金曜日

りすぺくといーちあざー。

 バイトを辞めた。2週間しか保たなかった職場は最初で最後だと思う。辞めた理由は色々あるけど、1番の理由は雇い主側と雇われてる側との関係が成り立っていなかったこと。今までたくさんの職場を経験して来たけど、こんなにも耐えられない職場は初めてだった。

 その関係について説明すると、お互いに尊敬の念が全く感じられなかった。雇ってる側は『働いてもらってる。』と感じ、雇われてる側は『働かさせてもらってる。』という、お互いを尊重しあう姿勢というのが全く感じられず、言い方は悪いが『奴隷』のような扱いだった。

 そんな職場初めてだったので、自分でも働きながらずっとモヤモヤしていた。正直今のボクには迷ってる時間は無いというのも大きな理由。前のように、どうしようかどうしようかと長々と迷っているほど時間もない。半端な覚悟でバイトとして入った自分も悪い。

 仕事してお金だけ欲しいならどんな仕事でも良い。でも、せっかく時間使って働くのであれば、少しは技術プラスαで何かしらのことを学びたい。そんなこと言える立場じゃないのも十分にわかってるけど、時間がないからこそ、そこはワガママにいきたい。

 社員の人に『この職場で働いたらメンタル強くなるよ!』と鼓舞するような感じで言われたのだが、みんなそんなに我慢強くなりたいのだろうか?並大抵の我慢くらい皆出来るだろうに。正直辞めるって決まった後に、オーナーさんから『そんなんじゃ社会で通用しない。』と言われたが、辞めれる気持ちの方が高ぶりすぎて、全く耳に入って来なかった。オーナーさんは凄く良い人。

 お店側にも、他のバイト生にも迷惑をかけてしまうのは申し訳ない。多分この話は『近頃の若者論』として、大人たちの酒のお供となってしまうと思うとなんか悲しいとかいうボクの身勝手さには自分でも脱帽しちゃうような昨日の話。

2013年4月15日月曜日

ふぃーりんぐ

 日本に帰って来て、別府に戻ってきて、APUに戻ってきてから感じるのは自分の中で変わってしまった価値観や性格などの内面的な部分。表立って見える部分に大きな変化は無いと思うが、内面的な部分で良くも悪くも変わってしまった部分が多い気がする。

 友人と話したりする中で、良い意味で変わったと言われることもあれば、その逆もしかり。休学して変わったと言われるが、そういう自分も変わったなと心の中で思いながらも口にはしない。そもそも、2年の時を経て何も変わらない人の方が珍しいんじゃないか。

 環境の変化が一番大きく関与しているのは言うまでも無いだろう。1年半の休学でたくさんの人に出会った。大学にいては関わることも無かったような人たちだ。そういう人たちと関わっていく中で、自分の価値観は幾重にも形を変え、今の自分の価値観にいたる。

 決して人との価値観の衝突を恐れることも無いし、否定することもない。もちろん受け入れる。でも、相手の価値観を無理矢理変えさせたりするようなことは好きではない。違った価値観を持ってこそ面白い。

 価値観のぶつかり合いで生まれるものもあれば、失われるものもたくさんある。全ての人が全ての価値観を受け入れられるほど社会は上手く回ってないし、そんなに優しくない。矛盾に溢れているのも休学中に知った。それに対してどうこう言うこともしないが。

 そういう矛盾を少しは受け入れながらもこれから就活をして社会に入っていくと考えると、欝気味だが、まぁいつも通りなんとかやっていくんだろうな。色々と難しいね〜。

 
 

これからのおぞん荘の営業時間は18:00 〜 22:00までですのでご了承ください。
                                  おぞん荘一同



2013年4月8日月曜日

しばし

 明日は待ちに待った新居のオープンパーティ。来てくれる人のことを考えて献立もドリンクも考えた。ノンアルコールのカクテルも多少あるのでお酒が呑めない人も楽しんでくれたら嬉しいな。同居人3人と一緒にあーだこーだと話し合って、だいたいの案はまとまった。でも今度またパーティする時はもっとみんなでじっくり話し合いたいな。今回のパーティの反省点なども踏まえつつ。


 嵐の前の静けさなのか、今日の夜は気味が悪いほど静かだ。まだ9時半なのにみんな眠ってしまった。ボクは独りで明日出す料理の仕込みをし終わったところ。味は自分しか見てないけど、いい出来だと思う。明日は日本酒がたくさん出るので、料理は和風なものを中心に作ってる。

 もっとお金に余裕が出てきたら、良いお皿を買いたい。人からしたらお皿なんて全て同じで、料理なんて何に盛っても一緒だと思う人がいるかもしれないけれど、せっかく手間暇かけて作った料理を味気ない皿に盛るのは気が引ける。まだそんな偉そうなこと言える程美味しくて手がかかった料理は作ってないけど、少しずつ上達していくといいな。


 話は変わって履修登録の話。履修戦争なんて言葉が一瞬も浮かばない程本当に静かな履修登録だった。取りたい授業がほとんど取れたし、新学期の流れもだいたい想像できる。月水木が比較的余裕があるので、バイトして少しずつお金を貯めたいと思う。

 はっきりとした目的が決まっていて、貯金をするわけではないが、とりあえずの備えといった感じ。フットワークも軽くなるし、まぁ貯めていて悪いことなどそうそう無いだろ。ただたんに備えておこう、来るその日まで。(なんかキリスト教みたいなこと言ってんな。)


 今日、御縁あって紹介していただいた回転寿司の亀正でのバイトの面接に合格した。久々の『合格』という感覚が嬉しい。面接してくれたユミさんも、オーナーさんも良い人そうで、これから働くのが楽しみだ。人に恵まれた職場で働くことができることほど幸せなことはない。

 仕事を覚えながら、魚の名前や調理方法を勉強して行きたいと思う。ただ単にお客さんから頼まれたお寿司を運ぶだけの仕事なら、かっぱ寿司でもできる。ちゃんとネタにこだわっているお寿司屋さんで働くことの意味を見出しながら働きたいと思う。同僚はAPU生が多いらしいので、また新学期の楽しみが増えた。

  マダマダ

2013年4月6日土曜日

きもちええ


 新居にも住民5人中4人が揃い、残りは東京で絶賛就活中の大輔の帰りを待つのみ。自分の意志で東京に行ったのだから、納得行く成果を得て帰って来て欲しいし、シェアメイト全員で応援している。新居での生活も落ち着いてきて、家具の配置などはボクがすごくワガママなくらい口出しをしてる。でもまぁ予算などはみんなに色々聞きながらの調整だから難しいし、たまに面倒に感じることがある。ボク一人で住んでるわけではないので、みんなのこと考えないと。

 新学期が始まる前に、新居のオープニングパーティを催すことになった。日時は4月9日。部屋に入れる人数に限りがあるので、知ってる人は来てくれるような形をとってる。とりあえずどんな感じでパーティが行われるかの実験的な意味も込めて、最大20人前後を招待した。

 マルタでシェアハウスの構想を練り始めてから5ヶ月くらい経つのか。何も考えずに友人にシェアする話を持ちかけ、当時の彼女にはボクには向いてないしストレス溜まるからやめた方が良いと言われたりしたが、なんとかなるだろうといういつもの感じで踏み切った。

 当初は3人くらいでシェアしてカウチサーフィンでもしながら空き部屋使っていこうという話をしていたが、気づけば5人でシェアすることに。最初は個性の強い男たちが5人も一緒に住むということもあって、不安な要素はたくさんあったが、各々が互いを理解し、協調していくことで争い事は回避できている。嬉しいことに、みんな本当に良いやつで助かる。

 今日はみんなバイトなどの各々の用事で家を空けている。ボク一人未だに固定のバイトを見つけれてないので、今は家に独りぼっち。いつも4人でいるから少し寂しくも感じるが、頼まれていたことの調べ物や、9日のパーティの献立など考えたりすることで、久しぶりに生産的な一日が送れそうだ。爆弾低気圧が迫ってるらしいけど、そんなの感じさせないくらい落ち着いた天気。本番は明日なのかな?

 先輩から頼まれていた作業も、パーティの献立を考えるのも本当に楽しい。簡単な企画だったりするのかもしれないけど、自分なりに参加してくれる人のことを考えながら献立を考えることが気持ち良い。完全に今の段階では自己満だし、当日も自己満で終わってしまうのかもしれないけど、来てくれるお客さんに少しでも楽しんで貰いたい。

 普通の大学生の宅飲みの概念を覆すような料理やドリンクを提供したりと、考えれば考えるだけアイディアはドンドン膨らんでいく。もちろんこのシェアハウス自身ボク独りが満足いくように考えていないので、お互いにシェアメイトと協力しながら一つのものを仕上げたい。

 ただの呑み会の場ならどこでも良いし、誰がやっても良い。でもここはボクたちの家だから、ここでしか得られない価値っていうのを来てくれた人たちに感じて欲しいし、ここから何か持ち帰って欲しい。1人友人が増えただけでも、そこから拡がる可能性っていうのは無限大だ。その1人が2人3人と増えていけば、もっと充実した学生生活が送れる。それを活用するかしないかはその人次第。ボクらにできるのはその場を提供して、楽しんでもらうくらい。

 新学期の大きなスタート。この一歩が大きいものなのか、それともとても小さいものなのか。結果が全てなので、それを受け入れながら少しずつみんなが集える場所を提供して行きたい。

アタマツカウッテキモチエエ。


2013年3月31日日曜日

さぁきた

 前回のブログの更新が随分と昔のことのように感じるのは、別府に引っ越してきてからワイワイしていたってのもあるんだけど、1番の理由はネットが未だに通っていないからなのですね。3月1日に入居して1ヶ月が経つのに未だにiPhone5のテザリングだけでなんとかやってる。

 同級生は明日から新社会人。みんなFBとかに各々の決意を書き込んでいるのを見ると自分自身中途半端なことやってられないなと。自分自身10日から始まる新学期に向けて覚悟しなくちゃ。

 毎日入れる温泉も、今回りにある環境もいつ変わるかわからないし、何にでも終わりはある。だからこそ残りの学生生活はもっと自分に正直になって一日一日過ごして行きたいな。この1年が、勝負なんだと思う。

2013年3月13日水曜日

しあわせ

 今日は約1年間お世話になったバイト先での最後の出勤日でした。ちょっと呑み過ぎたってのもあって、凄く気持ちが良い。わざわざ仕事終わりに駆けつけてくれたクリリン本当にありがとう。頂いた本は大事にさせて頂きます。本当に嬉しかった。さすがだなと思ったよ。

 わざわざ電話でお疲れ様を言ってくれるサヤカさんや、仕事終わりに来てくれたカンナさんと半田さん。本当に色んな人に送り出して頂いてボクは本当に幸せものです。

 お店からも選別として、ロゼのスパークリングワインを頂きました。本当に嬉しいです。本当にここぞという時にしか開けないので、タイミングが合った人は一緒に楽しみましょう。

 今日は酔ってるので、あまり濃い内容は書けないけど、最後に店長から言われた一言が本当にジーンときた。自分自身では全く気づかないものの、こうやって最後に見送ってくださるみなさんのおかげで休学生活送ってこれたと思います。本当にありがとうございました。

味、人。全てにおいて最高のレストランであり、最高の職場でした。


2013年3月12日火曜日

あれからそしてこれから

 TVも、TwitterとFacebookのタイムラインは全て『東日本大震災 3.11』の話題でいっぱい。『あれから2年経ったのか。』と思いつつも、自分自身復興している様子を画面越しに眺めているだけの状況なので、いまいち実感が湧かないのは、震災後よく言われる『当事者意識』の欠如からなのだろうか。

 『この目で見てみたい。』というとても安易な理由で被災地を訪れたのは2年前の9月。目の前に広がった何も無い荒地。道路脇にはたくさんの瓦礫。街の中に突如現れる大きな漁船。TVでしか観なかった光景が目の前に広がっていた。

 そんな状況にも関わらず震災の話を熱心にしてくれる地元の方々の姿に驚きながらも、さらにその地に根付いたコミュニティの力にも驚かされた。100世帯ほどあった街は全てを津波に流されたが、その地に根付いた郷土愛や、コミュニティは流すことができなかった。今自分の地元がそういう状況に陥った時に同じ事を感じることができるだろうか?

 それから1度被災地へ行ったっきりで、自分から何かアクションを起こしたりもしなかった。でも、マルタに留学に行った際に、色んな国の人から震災のことについて聞かれた。中には日本全体が放射能によって汚染されていると思っている人もいた。その人が無知なだけなのかもしれないが、日本から遠く離れた他の国々では、そのような報道がされているところもあるのだろう。そりゃそうだ福島がどこかさえもわからないのだから。

 震災の話は、よく授業のトピックとして挙げられることが多かった。その度に震災の様子や、その後の被災地の状況など事細かに聞かれた。その時は1人の日本人として試されているような感覚にも陥ったが、被災地を訪れた者として、海外の人にこの目で見たモノを伝えることができたのは嬉しかったし、行って良かったとも思った。

 震災のことを授業で話したある日、英語の先生が『私も1人の被災者だ。』と言い出した。最初は聞き間違ったのかとも思ったが、確かにそう言った。先生曰く、数年前に先生宅にホームステイをしに来た日本人の男の子がいて、本物の家族のような仲だったらしい。

 しかし、その日本人の男の子は2年前の震災で、津波に巻き込まれて亡くなってしまった。先生はとても楽しそうにその子との思い出を語ってくれた。そして最後に、『私には彼と一緒に撮った写真がある。それだけで幸せなの。』と言った。それを聞いたクラスメイト数名が泣いていた。

 それを聞いた時、胸の中で熱く込み上げてくるものがあったが我慢したのを今でも覚えている。あんな日本から遠く離れた小さな島国でも悲しんでいる人がいるという事実に驚かされたし、日本人だけの問題じゃないんだなと思った。

 だからなんなんだという話では無いが、これからも未来永劫とこの震災の話は語り継がれていくんだろうし、そうでなければいけない。しかし、ボク達が風化させてはいけないと思っても、被災者の方々の中にはそうは思っていない人もいるだろう。

 亡くなった方々のためにというわけではないが、今を生きるボクたちにできることは、今自分たちにできることを一生懸命やっていくことなんだと思う。そんなことを考えた一日だった。さぁ、頑張ろう。